Page: 1/2
「ユティ。聞きたいことがあるんだけど」
いつものようにユスティニアがアレクシードのベッドに上り、持ってきた自分専用の枕を彼の枕の隣に並べていたときだった。
「なんじゃ?」
ユスティニアは自分の枕をぽんぽんと叩きながら聞き返した。
「その、なんていうか。この間のあれなんだけどな。その、誰から教わったのか…。じゃなくて、どこで聞いたのか…。だから、その」
あれやそればかりで、アレクシードの言いたいことは全く要領を得ない。
ユスティニアは、最初、彼女にしてはじっと黙って聞いていたのだが、そのうちしびれを切らしてしまった。
「ええい!アレク!おぬしが何を言いたいのかさっぱりわからぬ!ごちゃごちゃ言わずにはっきり申してみよ!」
ユスティニアはせっかく並べた枕を両手で抱え上げ、アレクシードに向かって投げる仕草をして見せた。
そんな彼女を見て、アレクシードは覚悟をきめたように口を開いた。
「この間の口へのまじない、なんだけどな」
口へのまじない。
そう聞いた途端、ユスティニアは枕を抱え上げたまま固まった。
「あれは、誰に教わったのかと思って、さ」
色々あった後、彼女から施された柔らかな感触を伴ったおまじない。いつでもあなたの味方だと、いつだってそばにいるからと、そんな願いのこもったおまじない。
その気持ちはとても嬉しく、彼自身、喜んではいるのだが、その方法というか、それが施された場所が問題だった。
どこからか聞きかじった彼女のたわいのない行為だとわかってはいるが、それでもやっぱり気になってしょうがない。
彼なりに悩んで悩んで悩みまくって、数ヶ月経った今頃、やっと聞くことにしたのだった。
困ったのはユスティニアだった。
やっと、やっと、最近になって、あの時の恥ずかしさを忘れてしまうことが出来たのだ。どうして彼は急にあのことを蒸し返したのだろう。
「な、何で今頃そんなことを聞くのじゃ」
彼女の言い分はもっともだ。
だがしかし、彼にだって男の事情というものがある。それが好いた相手ならなおさらだ。
「うっ!お、俺には聞く権利があるだろう!」
「な、なんじゃ。その聞く権利とやらはっ!」
「お、俺は、お前の夫じゃないかっ!」
「うっ」
小さく唸ってユスティニアは黙り込んだ。確かに彼はアダルシャン・カストリアの両国が正式に認めたまぎれもない夫婦だ。
十も離れた年齢差や、互いの夫婦に関しての認識の違いがあれども、だ。
「そうだ。俺は夫なんだから、聞く権利は十分にあるはずだ」
咄嗟に思いついた理由だったが、ユスティニアには十分に効果があったらしい。
再度言い含めるように言って、アレクシードはユスティニアに詰め寄った。
ユスティニアは天敵の猫によって部屋の隅に追い詰められたハツカネズミのように、なすすべもなくアレクシードの黒い瞳を見つめるしかなかった。
「誰に教わったんだ」
「あ、う…。セ、セオじゃ」
「セオ?」
思いがけない名前が出てきて、アレクシードはその目を丸くした。
「セオって、あの、セオ、か?」
「そうじゃ!あのセオじゃ!」
「なんで」
「わ、私が元気が出るように、セオがしてくれたのじゃ!」
ユスティニアより少し年上の絵の好きな少年。なぜかアレクシードのことを嫌っていた彼。ユスティニアにへと託された、一本の高価そうなリボン。
アレクシードの中で腑に落ちなかったものが、急にすとんと理解できた。
「へぇ。そう」
アレクシードの口から出た声は、ユスティニアが聞いたこともないほど低く冷たかった。
「セ、セオは心配してくれていたのじゃ。色々あったから。ア、アレクもそれは知っておるじゃろ」
「そうだな。色々あったな」
「そ、そうじゃ。あの時は他に頼る者もおらなんだし。でも、よかったの。今はこうしていられるのだもの」
「そうだな」
説明すればするほど、どうしてか、アレクシードを取り巻く空気が冷たくなっていく気がする。ユスティニアはついに黙り込んでしまった。