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「なんじゃ、アレク」
気だるそうな声がアレクシードの胸元から聞こえてきた。
まさか起きているとは思わなかったから、彼は僅かに驚いた。
「起きてたのか、ユティ」
アレクシードの問いにユスティニアは小さく首を振り、否、と答える。その動きに合わせて、彼女の柔らかな金の髪が彼の胸を心地よくくすぐった。
「何がおかしいのじゃ?」
「別に」と言うアレクシードに対して、「早う申してみよ」と僅かに不機嫌そうに言い放つユスティニアの言い方は、先ほどまで彼が思い出していたことと合わせて、よけいに彼をクスリとさせてしまう。
重ねられた肌から伝えられる振動でそれを感じ取ったユスティニアは、ますます不機嫌になった。
「なぜ笑うのじゃ!」
ユスティニアは彼女の出自を証明する紫色の双眸で睨み上げる。そんな彼女の頭を宥めるように優しく叩きながら、アレクシードは「いや、さ」と話しだした。
「ユティが小さい頃も、こうやって一緒の寝台で寝てたけど、あの頃は大変だったなあって思ってさ」
「大変って?」
「寝相がさ、お世辞にも良いとは言えなかったからさ」
彼女の金の髪を弄びながらからかうようにそう言うと、ユスティニアはみるみる顔を赤らめた。
「そ、それは、じゃな。そ、そう!小さかったから寝台が広過ぎたのじゃ!うん」
寝るスペースと比例して寝相が悪くなる理屈にはいま一つ納得しかねるが、自分の腕の中で一生懸命理由を考え、それに一人納得している姿が妙に可愛らしいので、アレクシードはそのままにしておいた。
「アレク」
「ん?」
「今も、大変なのか?」
「今?」
「その、寝相が…。アレクに、迷惑かけてる?」
先程とは違い、心配そうな瞳がアレクシードを伺うように見上げている。彼の中でいまだ静まらずに燻っていた小さな火種が、少し、大きくなった。
「そう、だな」
考え込む素振りをした途端、紫の瞳が見開かれ、水草のようにゆらゆらと揺れた。
彼女に少し意地悪したかっただけで、泣かせたいわけじゃない。けれど、自分の発言でころころと表情を変え、今まさに涙を零してしまいそうな瞳を真っ直ぐに向けられていると、自分の中に潜む”雄”を刺激されてしまう。その証拠に、アレクシードの体の芯が、再び熱くたぎり始めた。
「アレク?」
動きを止め押し黙ったままのアレクシードを不安そうに見上げながら、ユスティニアが彼の愛称を呼んだ。それが彼のスイッチを押してしまうことになるとは知らずに。
「ユティ」
口にすることの許しを得た彼女を示す愛称を、熱を込めて囁く。彼女の耳元で。甘く。深く。
「ア、アレク…」
彼に呼応するかのように、ユスティニアの彼を呼ぶ声が、静かな部屋に消えていく。
「寝相は良くなったよ。ただ」
「…ただ…?」
問い返すユスティニアの声はとても小さい。こと、戦と異性に関して老練なアレクシードの前では、彼女はあまりにも初心(うぶ)過ぎた。
しかし、彼はまだ何も仕掛けてはいない。熱を、発する声と息に込めることと、ただ触れ合っている肌から伝えることを、”仕掛ける”とみなさなければ。
「小さい頃も腕にすっぽりと収まっていたけどさ。今はおまえの全てが俺にあつらえたようにぴったり過ぎて、それが困るといえば困る、かな」
「困ってる、のか?」
彼の熱に顕著な反応を見せながらも、それでも夫に対しての心配は、それを凌駕してしまうらしい。ユスティニアの頬は赤く染まりながらも、表情は曇った。
しかし、それも束の間だった。
「うん。ほら、ここも。ここも。俺にぴったりだ。わかる?ユティ」
ユスティニアに言い聞かせながら、アレクシードの手が、彼女の肩、背、そして腰へと滑り落ちていく。吸い付くように密着しているにも係わらず、丹念に磨かれた大理石を伝う水のように落ちていく様は、彼にぴたりと合うように自分が成長してしまったのではないかと、彼女自身も疑わずにはいられない。
「どう、して…」
でも、どうして、それが困るの?
彼女の疑問は途切れてしまう。けれど、ずっと彼女と過ごしてきた彼には、それだけで言いたいことは伝わっていた。
「それは、さ。ほら」
彼女の腰にまわした手に力を込め、ぐいっと引き寄せた。その瞬間、ユスティニアの体がピクンっと跳ねた。
「あ!」
驚きと戸惑いと羞恥で、ユスティニアが真っ赤になる。その様子を間近で確認できたアレクシードは、にやりと笑った。
「わかった?」
さらに意地悪く問う。ユスティニアは無言だ。幼い頃から聡明で、年上のアレクシードをその言で負かすこともあるが、ここ最近、寝台の上では勝てた試しがない。でも。
「わ、わからぬっ!」
今回ばかりは少し頑張ってみた。だって、彼女にはアレクシードの言わんとしていることが、本当にわからなかったからである。
「そうなのか」
ほんの少し気落ちしたようなアレクシードの声が返る。ユスティニアは「やった!」と思ったが、それもほんの僅かな時間だった。
「これでも、わからない?」
アレクシードが自身の高まりを、ぐいと、ユスティニアに押し付ける。
羞恥で見たこともないほど真っ赤になってしまったユスティニアに、その問いに答えられるほどの思考は、もう、ない。
嫁いで来た頃ならいざ知らず、夫であるアレクシードから体を重ねることはどういうことかを教えられた今は、彼の体の変化がどういう意味なのかを、とてもよく、理解していた。
「お前に触れると、俺はすぐにこうなってしまうんだ」
自分が相手に与える影響の凄さを喜びに思うほど、ユスティニアは夜の生活に慣れてはいない。それは、彼女の成長を見守ってきたアレクシードには、十分わかっていることだ。
それでも、彼は伝える。無垢な彼女に教えることで、待ち続けた気の遠くなる時間を埋めるように。
「わかる?ユティ」
ユスティニアを胸に抱き、遠い昔を思い浮かべながら話をするアレクシードの手は、さっきからずっと休むことがない。
アレクシードの無骨な手が、傷一つないユスティニアの体に沿ってゆっくりと上下する。その度に彼女の体が小さく震えるのは、もちろん、恐怖ではない。
「…ん」
吐息に負けそうになりながらも、彼女は何とか小さく了承することができた。
「ユティ。いい?」
アレクシード自身もすでに限界を超えている。それでもあえて確認をしたのは、了承が欲しいからではない。まだ不慣れな彼女に、今から何を施そうとしているのか、全て覚えていて欲しいから。今まで無意識に、意図的に、我慢を強いられてきた”黒い悪魔”の、それは、身勝手な願い。
漏れ出そうになる吐息を羞恥という理性で必死に抑えながら、悪魔が恋焦がれる紫色(しいろ)の姫は、彼の赦しを受け入れるというように、両の腕で彼を抱きしめた。
それを合図とばかりに、彼は身を沈める。
二人の夜は、まだまだ、長い。
= Fin =