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彼女はまさに台風だ。
大国カストリアから我が国アダルシャンに嫁いで来たときはまだ十歳という子供と言っても申し分ないほど幼い年齢だったので色々と心配したものだったが、そんな心配をよそに彼女はいつの間にやら嫁ぎ先を我が物顔で歩くようになっていた。まぁ、それだけならいいのだが、何かと先々で問題を起こしてくれる。その被害は大抵は自分だけなのだが。
今日も午後のお茶を飲みに執務室で決済書類とにらめっこする俺の元へ彼女は無邪気にやってきた。そう、いつもどおり無邪気に。
「アレク、来てやったぞ。今日も遊ぼう」
彼女は俺が仕事をしているとは思っていないらしい。まったく、子供はのんきなものだ。
「よう、姫さん。勉強は終わったのか。茶、飲むか」
「うぬ。頼む」
これは俺の近衛騎士フラッドだ。彼の入れる紅茶がユスティニアのお気に入りなのは間違いない。
彼女は部屋のソファに我が物顔で座り、床に届かない足をぶらぶらさせて俺のほうを見た。顔を上げてみたわけではないが、たぶん、俺を見ているはずだ。そしてこう言うのだ。『わざわざ来てやったのじゃからはよう!』と。
今度こそちゃんと言ってやろう。俺は仕事をしているんだ!と。
が、彼女はとんでもない爆弾を投下した。
「アレク、子供はどうやって作るのじゃ?」
俺はサインをしようとしていた大事な書類をペンに力を入れすぎて思い切り引きちぎり、部屋の奥で紅茶を入れていたフラッドはガチャンと派手な音を立てた。カップ、割れていないといいけど。っていうか、この書類、どうしよう。
盛大な溜息をつきながら俺は爆弾発言をした娘の顔を見るために机から顔を上げた。ああ、やっぱり。期待に満ちた目で俺を見ている。誰だよ、ユティに変なことを吹き込んだ奴は!
「今日は何だ?どこで何を聞いたんだ?」
彼女がおかしなことを仕入れてくるのはいつものことだ。子供が聞いたことを親に披露するかのように俺に言ってくることも。俺は実際は彼女の夫ではあるが、十も離れている12になったばかりの彼女相手だとそれこそ親にでもなったかのような心境だ。
「義姉上の部屋にお邪魔したらご婦人方が大勢おられてな。そのご婦人方の一人がお子を授かったと言うのじゃ。私も早くコウノトリからお子を授かりたいと言ったら、ファーナが笑うのじゃ!私を子供だといって!」
そこまで一気に喋り終えると、ユスティニアは両手で握り拳を作り上に振り上げた。きっと、そのときのことを思い出して興奮しているのだろう。
「コウノトリを信じているなんて子供だとファーナは言いおったのじゃ。私は腹が立ったが、その場は義姉上のご迷惑になると我慢しておった」
へぇ、それはユティにしては上出来だな。なんて俺が思ったのも束の間だった。
「皆が帰ってからファーナに問い詰めたのじゃ。コウノトリを信じているのがなぜ子供なのじゃと。そしたら、コウノトリではお子は授からんと言うのじゃ。じゃ、どうすればお子が授かるのかと聞いてみても顔を赤くするばかりで教えてくれはせぬのじゃ。埒が明かぬからおぬしに聞きに来た」
やっとことの真相がわかった。そういうことだったのか。
確かにファーナ嬢が顔を赤くするのも無理もない。そんなこと、年頃の娘がとてもじゃないけど口にできないだろう。でも、だからといってそれを俺に聞きにくるなよ。