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その道を通ることにしたのはホンの小さな気まぐれからだった。
今年の春、念願のデザイン専門学校に通うことになった。気の会う友人も何人かでき、週に一度、授業が終わってから、それぞれの家でデザインのことや将来のことを語り合うのが何となく決まりごとになってきた頃だった。知識も技術もないくせに、夢ばかりやたらにでっかい話はいつもあっという間に時間を過ぎさせた。
今日皆で集まった友人の家は、高橋の借りているアパートから電車で10分ほどの場所だったが、彼は歩いて帰ることにした。夏にはまだ早く太陽が沈むにもまだ早い今の季節は、歩いて帰るにはちょうど良かった。それに、地面に近づきかけた太陽の光が織り成す鮮やかな反射は、高橋のデザイン心を刺激した。
「この構図、いいよなぁ。今度の課題に使おうかな。あ、いけね。道具、買わなきゃな」
ジーンズのポケットから財布を取り出し中を確認する。仕送りの日までまだ半月もあるというのに、財布の中は5000円札が一枚しかない。道具を買って、食事代を差し引いて、遊ぶ金なんてないも同然だった。といっても、派手目な外見とは違って、高橋という青年は真面目だった。
母子家庭に育った彼は、高校卒業後すぐに働くつもりだったが、母親の説得によりかねてから興味のあったデザインの道に進むことに決めた。母親は女手一つで彼の学費を払い、毎月裕福とはいかないがそれでも十分な生活費を送ってきてくれていた。しかし、デザインの勉強には意外とお金がかかる。真面目にやろうと思えば思うほど出て行く金が半端ではない。苦労をかけている母親にこれ以上の仕送りを頼むことも出来ない。元よりするつもりもない。自分で金を稼ぐ方法を考えなくてはいけなかった。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと、ある店の扉に張ってある張り紙が目に付いた。大きく赤い文字で「アルバイト募集」と書いてある。彼は近寄ってその下に書かれている条件を見やった。
勤務時間は基本的に9時から17時までの1時間休憩。時給は1000円で、交通費は別途支給。お昼時間をはさむ場合は弁当も支給されるらしい。仕事内容は引越しの片付けなどで、体力に自信がある人を好むと書いてある。
「時給が1000円に弁当支給だって?」
驚きが思わず声に出てしまったが、高橋はそれに気づいていなかった。
土日はフルに出て平日3日で4時間くらい働くとすると、月10万くらいは稼げるかもしれない。道具を買って自分で食費を賄うこともできる。母親からの仕送りを減らしてもらって、負担を減らしてあげられるかもしれない。次の瞬間には彼はその扉を開いていた。