Page: 1/3
「なにぃ?片付け屋だと!」
従業員5名の小さな引越し屋「ひっこし一番」は、小さいながらも丁寧な仕事でこの不況の中でもそれなりに利益を上げていた。春まだ早いこの時期は、就職や入学、転勤などに先立って引越しの見積もり依頼が相次ぐ。今日も2件の見積もりを終えて社長の日高は帰ってきたところだった。帰ってきた途端、専務兼事務員でもある妻が日高に、近くに開業した「片付け屋」の鈴木という男が挨拶に来たと伝えたのだった。
「うちは引越屋だぞ!近くに同業者が開業するなんざどういうことだ!」
「えぇ。でもね、引越屋じゃないって言うんですよ」
妻は日高に一枚のチラシを見せた。鈴木という男が持ってきた「片付け屋」という店のチラシだった。
日高は憮然としたままで妻からチラシを奪った。業者に作ってもらった立派なチラシではなく、自分でデザインしてカラープリンターで印刷したようなちゃちなチラシだった。最近は手作り感が受けているからな、とさらに眉間に皺を寄せながら日高はチラシを眺めた。
A4サイズの紙の上部に屋号である「片付け屋」という文字が大きく印字されている。その下には、「片付けられないあなた。必要なものを必要な場所へ、あなたのためにあなたを思って片付けましょう。まずはお電話を」と書かれてあり、その下には店の地図と連絡先が書いてある。
これだけでは何の店だかいまいちよくわからない。書いてある文章も口説き文句のようで虫唾が走る。屋号で何となく判断できるだけだ。これで商売がやっていけると思っているのだろうか。だとすればこいつは馬鹿だ。そう判断して日高はチラシを妻につき返した。
「よくわかんねぇ店だな。これなら商売敵にはなりそうもねぇな」
日高は笑いながら奥の社長席ではなく、手前の応接セットのソファに座った。彼は事務仕事があるとき以外は社長席には座らない。大抵は外で他の社員と一緒に引越作業を行っているか、今日のように見積もりに出かけているかで、事務所にいるときはほとんどソファに座るのだった。
日高が座るのを見た妻は、彼のためにコーヒーメーカーからコーヒーを注いで彼の前に置いた。そして自分にもコーヒーを注いで彼の目の前に座った。
「商売敵だなんて。そんなこと言わずにうまくやっていければいいじゃないですか」
妻の言葉に日高は再び深く眉根を寄せて顔を上げた。
「なんだ。いい男だったのか?」
日高の言葉に妻は思い出すように「そうですねぇ」と言いながら宙を見つめた。
「ウォンには勝てないわねぇ」
ウォンとは妻がはまっている韓流ドラマの主演男優だ。近所の主婦たちとウォン様談義に花を咲かすのが日課のようだが、男から見てそれほど良い男とは思えない。そもそも日本人なら日本男児だろう、と日高は思っていたが、妻にそれは言わなかった。
そんな日高の心情をよそに、「でもね」と妻は話を続けだした。
「机の上を片付けてくださったんだけど、これが使いやすいのよ。欲しいところに欲しいものがあるっていう感じで。鈴木さんが言うには、人には遣いやすい物の位置っていうのがあるんですって。それも一人一人違うって言ってたわ。それを見極めてその人にあった片付け方をするんですって。ねぇ、あなた。うちは引越し屋でしょ。片づけまではしないじゃない。私、考えたんだけど、うちと鈴木さんの片付け屋さんが一緒になれば、もっときめ細かいサービスができるんじゃないかしら?」
日高は憮然としたまま、残りのコーヒーを一気に飲み干した。
「うるさい!うちはずっとうちだけでやってきたんだ!お前は黙ってろ!」
日高は乱暴に立ち上がり、妻の顔を見ることもなく、事務所を出て行った。