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山田が弁当屋「おふくろ弁当」を今の場所で店を開いてもう20年にもなる。楽をしたい主婦や、社会人や学生のお昼にと好評で、おかげさまで開店以来黒字を維持している。夫を亡くした後、幼子二人を抱えてがむしゃらに頑張ってきたが、その子供たちもとっくの昔に独立して、今は一人だ。子供たちの薦めで店をたたむことも考えたこともあったが、長くやってきたこの店に愛着もあり、体が動かなくなるまでやってみようと決意したのはついこの間のことだ。
「やっと落ち着きましたね」
アルバイトの裕美子ちゃんが頭の三角巾を外しながら山田に話しかけてきた。彼女がここで働き出してもう1年になるだろうか。今風の子にこんな地味な仕事が勤まるかと最初は心配したものだが、見た目に反して真面目な子で今ではこの店になくてはならなくなっている。同い年の彼氏と同棲しているらしく、結婚に向けて資金を溜めているそうだ。
「そうだねぇ。私たちもお昼にしようか」
「あ、じゃあ、お茶入れます」
弁当屋はお昼が書き入れ時だ。したがって、従業員がお昼ご飯を食べる時間はお昼をかなりずれることになる。結局ゆっくりできるのは14時頃だった。
「鯖味噌が残ってるからこれを食べようかね」
「わぁ!山田さんの鯖味噌、大好き!」
「ははは。そういえば、彼氏に作ってあげるって言ってたけど、どうだったんだい?」
「あ~、あれねぇ」
お茶を入れながら裕美子は横目でチラッと山田を見た。
「山田さんに教えてもらったレシピで作ったんだけど、こげちゃった」
ペロッと舌を出しながら、裕美子は決まり悪そうに答えた。
「まあ、最初は誰でもそんなもんだよ。私だってよくやったよ。焦がしたり、味付けを間違えたり。一度なんか砂糖と塩を間違えてね。あの人、それでも食べてくれたねぇ」
「あの人って?」
裕美子がお茶を手に、山田の前に座った。
「死んだ旦那だよ。優しい人でね。何も言わないから最初はわからなくてね。私も食べてみたら、とても食べれるもんじゃないんだよ。体壊すからやめてって言っても、自分に作ってくれたもんだからって言って食べ続けてねぇ」
「うっわっっ!すっごい愛されてる!いいなぁ」
「あははは。そうだねぇ、愛されてたねぇ。さ、あったかいうちに食べよ」
店の奥にも休憩用の座敷があるのだが、広い調理台をテーブル代わりにして食事を取ることがほとんどだ。このほうが急な来客にも対応しやすいので、いつの間にかこうなった。
「そういえば」と、裕美子が鯖味噌をつつきながら山田のほうを見た。
「店の前の空き店舗。なんかできてるみたいですね」
山田は「ああ」と返事を返しながら、何年も「空き」と張り紙が貼られていた入り口を思い出した。それまで入っていたのは小さな旅行代理店だったが、不況で店を閉めた。店の前がいつまでも空き店舗になっているのはなんとなく心寂しく感じられて、早く誰かが入居してくれないかと思っていた。それがやっと誰かが入ることになったらしい。先週から工事関係者が出入りしているのを目にしていた。
「そうみたいだねぇ。やっとこの辺りも活気が出るよ」
「うちを利用してくれるといいですね」
裕美子の商売人のような口振りに、山田は思わず笑った。