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「鈴木ぃ。ちょちょいと見てよ。記憶を」
「そう言われましても」
鈴木は目の前でくだを巻く相手に、何度目かの同じ答えを返した。
小さな円いテーブルの上には、今年初積みのダージリンのファーストフラッシュが爽やかな青い香りを漂わせている。ちなみに、アルコールは一滴も入っていない。
「記憶管理人やんか?簡単やろ」
「確かにそうですが」
「全部じゃなくてもええんよ。ちょこっとだけでええから」
「ですが、ねえ」
「なら、分岐のトコだけでええわ。それならかまんやろ?」
「そう言われましても。ねえ」
紅茶のおかわりを継ぎ足しながら、困惑の表情のまま鈴木は同じ答えを返す。
その様子をずっと見ていた佐藤が、大きな溜息をつきながら近寄ってきた。
「なあ、鈴木。ちょっとくらい見てやればいいんじゃないの?」
佐藤という援軍を得てにわかに力を得たその人物は、瞳を輝かせてぐいっと鈴木の方へと乗り出した。
「ほら、佐藤もああ言いよるし」
「無責任に、ですけれどね」
「なんだよ。俺だって考えてるんだよ。こいつが書けなくなったら困るじゃないか。俺たちだって」
「そうそう」
「ですがね」
言葉を切って、鈴木は手にしていたティーポットをことりとテーブルの上に置いた。
「その私たちを動かしているのは誰でもない、この方なんですよ。お忘れですか」
そう言って、鈴木は佐藤をじっと見つめた。
「そう、だけどよ。こいつ、ほんとに困ってるみたいだしよぉ」
しどろもどろになる佐藤に、鈴木は溜息をついた。
「確かにそうかもしれませんが、私たちではどうもできないでしょう。この方が私たちの生みの親であり、この方が書くことによって私たちは動くことができるんですから」
「……」
無言になってうつむく佐藤。彼は口は悪いが本当は気のいいやつだ。
「あなたもわかってらっしゃるんでしょ」
鈴木がにこりと微笑む。その笑みは男女の別、年齢、種別を問わず、全てのものを魅了する。
私は盛大に溜息をついた。
「…わかってる。言ってみただけ」
呟くように言ってテーブルに突っ伏す。
彼らは私の想像の産物。私の頭の中でしか動けない。
そう。これさえも私の頭の中の出来事だ。
「それもわかっていますよ。あなたなら満足のいく続きが書けますよ」
鈴木の冷たい手が頬を撫でる。そのひんやりとした感触が心地いい。
「なあ。俺を好きなように動かしてくれていいんだぜ。というか、もっと出番を増やしてくれ!」
どさくさにまぎれて佐藤が自分の願望を口にする。ちゃっかりしている。しかし。
「…この部屋から出ない設定にしちゃったから、それは難しい」
「な、なんだよ、それっ!聞いてないぜ」
「うん。言ってない」
そんなあ、と佐藤が泣き喚く声が聞こえる。喜怒哀楽がはっきりしている佐藤は、こんな設定にしてしまったが私のお気に入りだ。
「もう、大丈夫ですか?」
そう問われて、私はテーブルから顔を上げた。
「全然思いつかないけど、何とか」
鈴木を見上げると、彼の笑顔が私に向けられる。でも、私は魅了されない。
「さあ、ダージリンをどうぞ。温かいうちに」
「ん。ありがと」
佐藤が「俺も!俺も!」と言いながら鈴木に纏わりついている。
続きは思いついてないけど、彼らがいるなら何とかなりそうな気がしてきた、そんなひとときだった。
= Fin =