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それはいつものように3時の休憩と称して飲み物とデザートを用意しているときだった。商売を営むべきものとしてはどうかと思うが、あまり鳴ることのない店の電話が軽やかな音を立てて人を呼び始めた。
「鈴木さん、俺、出ましょうか?」
鈴木と呼ばれた男は手にしていたコーヒーサーバーを机に戻しながら、「いいですよ、出ますから」と言いながら電話に駆け寄った。
年の頃は30前後といったところか。細身で背が高く、若く見えるが、やけに落ち着いても見え、どこか年齢を感じさせない。髪は少し長めで、その髪質は女性のように癖がなく真っ直ぐだ。髪色はかなり明るめの茶色で、染めているようにも見える。目が悪いのか、細く黒い枠のある眼鏡をかけている。その眼鏡の奥に見える瞳は、光のせいなのか、髪と同じ薄明るい茶色だ。その瞳の下にある少し薄い唇は、きゅっと口角が上がっているせいか、意識しなくても柔らかく微笑んでいるようにさえ見える。ブルーストライプの綿シャツにベージュのチノパンはいたって普通なのだが、その上に身に着けている屋号の入った黄色いエプロンと腕にはめた黒い腕抜きが、どことなく彼を野暮ったく見せた。
「お電話ありがとうございます。『片付け屋』です」
鈴木は電話の相手に受け答えしながら、壁に掛けられたシンプルな時計をチラッと見やった。そして、電話のそばに備え付けてあるメモとペンを使って用件を書き留めた後、「それでは30分後にそちらにお伺いします」と言って受話器を置いた。
「仕事の依頼、ですか」
「そうなんですよ。今から見積もりに行かなくてはならなくて。5時までには帰れると思いますが」
「わかりました。高橋君と店番してます。今日は特に用事もないんで、少し遅くなっても平気ですよ」
ソファーの奥に座っている高橋という男も、「俺も今日は大丈夫ですよ」と鈴木に向かって言った。
「お二人ともありがとうございます。大丈夫だとは思いますが、もしも遅くなったときはお願いしますね、佐々木さん」
佐々木は小さく頷いて了承の意思を示した。
「それにしても珍しいですね。直接、電話してこられるなんて」
「そうですね。どうやら、この間、お二人に配ってもらったチラシの効果みたいですね」
それを聞いて高橋が「場所はどこですか」と聞いてきた。
「駅の東側にあるマンションですよ」
「それ、俺がポストに入れたやつですよ」
高橋が得意そうに顎を上げた。それを見て、鈴木は優しく微笑んだ。
「あれが三日前でしたから、早速、効果があったようですね。では、後はよろしくお願いしますね。ああ、忘れるところでした。今日はコーヒーとロールケーキを用意してますから、食べてくださいね。それじゃ、行ってきます」
二人に笑顔で「いってらっしゃい」と見送られながら、いつの間にか用意していた黒い鞄を手に、鈴木は店の扉を開けて出て行った。