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「なんだ?どうかしたのか、鈴木」
ポップなカラーの可愛らしい亀の置物の上でとぐろを巻いている蛇の佐藤が尋ねた。
鈴木は少し難しい顔をしながら、たくさんの小瓶が並べられた棚から、一つの小瓶を取り出して眺めた。
「それ、この間の杏子の記憶だろ」
「ええ」
「なんだよ。なんか問題でもあったのか」
佐藤が亀の置物からするりと滑り降り、棚を上って鈴木が小瓶を取り出した位置に陣取った。
「失敗か?」
失礼極まりない言葉に、鈴木の眉がぴくりと動いた。
「そんなこと、この私がするとお思いですか?」
「いや。そんなわけないよなあ。じゃ、どしたんだよ」
あっさりと自らの発言を否定した佐藤は、棚から身を乗り出して鈴木の持つ小瓶を覗き込んだ。
「ちょっと確認したいことがありましてね」
「なんだよ。俺にも教えろよ」
鈴木が小瓶を色んな角度に傾けるたびに、小瓶は様々な色に変化した。
「今日、偶然、鳴海さんにお会いしたんですがね。一緒におられた男性に見覚えがありまして」
「杏子と一緒に…?あれか。杏子が言ってた『あの人』か」
「ええ。鳴海さんを通して見た記憶ではあまり鮮明ではなかったのですが…。そうでしたか」
「どういうことだよ」
鈴木は小瓶を元の位置に戻し、サイドテーブルにセッティングしてあったポットからティーカップに紅茶を注いだ。それを目にした佐藤は、「俺にも!」と言って素早く棚から滑り降りた。
亀の置物の前で小さな黒い目をキラキラ輝かせて待つ蛇の佐藤に、鈴木は紅茶の入った小さなティーカップとクッキーの乗った小さな皿を置いてやった。
「おお!これは杏子が来た時に出したやつと一緒だな。えーと、薔薇だ。薔薇の茶と、なんて言ったかな。そうだ!ジンジンクッキーだ」
「茶ではなく紅茶ですよ。ついでにもう一つ言っておくと、ジンジンクッキーではなくてジャンジャークッキーなんですがね」
ティーカップを口元に運びながら、呆れた様子で鈴木が告げた。
「で?早く教えろよ」
人型のクッキーを頭の部分からバリバリ頬張る佐藤を見て、「あなたが食べてるのを見ると、やっぱりいい感じはしませんねえ」と言いながらも、鈴木も人型のジンジャークッキーの頭の部分を一口頬張った。
「で?『あの人』がどしたんだよ」
「鳴海さんは全く気づいておられないようでしたがね。彼女の記憶の中にいらっしゃいました」
「は?ああ、そりゃ、『あの人』っていうぐらいだから、会ったことがあるんじゃないの?」
「違いますよ。それよりも前です」
「前?なんだ、そりゃ」
「お相手の方も、ご自分のなさったことを夢の中のことと思っていらっしゃったようなので、お互いに気づいてなかったようですが」
「えっ?おい、それって、まさか…」
佐藤は自分が思い当たったことに驚いて、頬張っていたクッキーを口からポロリと落としてしまった。
「ええ。そのまさかです。けれど、全ての記憶は私の管理下に置かれましたから。何も問題はないでしょう」
妖しいくらい美しい笑顔で微笑んで、鈴木は薔薇の香りのする紅茶を飲み干した。
= Fin =