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『女は華。咲いてなんぼ。散ってなんぼ』
散り始めた桜を見上げてつぶやいた、きれいなあの人。
この季節になると、私はいつも思い出す。今はもう逢うことのない、ある一人の女性のことを。
「そういや、田ノ浦んとこのちいちゃん。今度はえらい年とった人と一緒におるらしいな」
夕飯時のかあちゃんのいつもの他愛無い話の中に久しぶりに『ちいちゃん』の名前が上った。ちいちゃんとはうちの2件隣にある田ノ浦さんとこの私より2つ上の一人娘で、ここいらでは美人で有名だった。
「あの子ほどきれいやったら、男の方がほおってないやろうけどなぁ。それにしても、次々忙しいことやわ」
あきれ果てたようにかあちゃんはつぶやいた。そして、うちもとおちゃんも相槌も何もしていないのに、かあちゃんは今日仕入れた情報を私たちに披露するかのように自慢げに語りだした。今度の相手は60もとおに越えたおじいさんだということ。そのおじいさんはすごい金持ちやということ。ちいちゃんは駅近くの高級マンションに住んでいて、そこはそのおじいさんが買ってあげたものらしいということ。そのマンションからおじいさんと派手な身なりのちいちゃんがよりそうようにして黒い車に乗り込み、毎日のようにどこかへ出かけていくらしいこと。いったい誰が調べたのか、それとも話に尾ひれがついて我が家に辿り着いたのか、しまいには今日出したゴミの中身まで披露しそうな勢いだった。
「ごちそうさま」
自分のはしと茶碗だけを持って流しに置き、自分の部屋に向かった。「ちさ、もっと食べなさい」とかあちゃんがうるさく言ってたけど、これ以上どうでもいい噂話に付き合う気はさらさらなかった。
部屋に戻って、私は鍵の付いた引出しの奥深くを探った。手にしたのは、1枚の桜の花びらが入った封筒。
私にとってちいちゃんとの唯一の思い出だった。