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「おばちゃ~ん、メンチカツ、あるだけ!」
「あいよ。火傷しないようにね」
ケンはあふれんばかりに詰められたメンチカツの入った袋を抱え込み、口にめいいっぱい頬張りながらサンダルをかたかた鳴らしながら歩き出した。
「やっぱ、あそこのメンチカツに限るよな」
次々とメンチカツを掴み取り、幸せそうに食べるケンの腕の袋は見る見るうちに減っていった。
「…そういや、あいつ、どうしてるかな」
メンチカツを手に、今は遠い場所でさらに高みを目指しているであろう仲間を思い出した。
初めての出会いが、このメンチカツだった。
最初の出会いこそ最悪だったが、数多くの苦難を乗り越え、二人の仲は強くなった。いや、二人ではない。誇れる強き仲間達。
「そういや、最近、逢ってねぇなぁ」
ケンはスクラッチの技術開発室を引退した父(といっても、未だにうるさく口を出してくるのだが)に代わって切り盛りしている。ランとレツはマスターとして若き後輩達に厳しく優しく指導し、ゴウとジャンは遠く離れた地で己を磨き上げているに違いない。
そう、それぞれに充実した忙しい日々を送っているのだった。
「ま、みんな元気だろ」
見上げていた空から手にしていた袋を覗き込むと、メンチカツが一つだけ残っていた。手に取ると、それはまだほんのり温かかった。
「帰るか」
最後のメンチカツを口に運ぼうとしたとき、ジューシーな肉汁が噛み締めた歯の隙間から染み出すはずなのに、なぜかむなしい歯の音が口の中に響いた。
「あれ、俺のメンチカツは?」
手にしていたはずのメンチカツが、なぜか消えていた。
袋の中を覗いても、足元を覗き込んでも、さっきまであったはずのメンチカツがどこにも見えなかった。
「ごちそうさまっ」
声のほうを振り向くと、黄色いスクラッチのユニフォームに身を包んだランの姿があった。
「ランちゃん!」
「お久しぶり、ケン。ほんと、ここのメンチカツ、おいしいよね」
ランは指についた油をチュパッと舐め取りながら、ケンの横に並んだ。
「どうしたの?」
ランが訝しがってケンを見た。
いつも饒舌なケンがなぜかひどく驚いた顔のままでランを見つめたまま立ち尽くしていたのだった。
「ねぇ、ケン!」
その声にはっとしたケンはさらに驚いた。
なぜなら、ランが思いっきり背伸びして自分の顔を覗き込んでいたのだ。それも、驚くほど近く。
大きな瞳。白い肌にほんのりと染まった頬。そして、小さく艶のある唇。
ケンの目はただ一点に注がれた。
「ちょっと、ケン!」
銅像のように反応しないケンに業を煮やしたランは、ケンの耳を思いっきり引っ張った。そのあまりの痛さに、さすがのケンの意識も現実に戻ってこざるを得なかった。
「いたたたっ!」
「もう、どうしたのよ、ケンったら」
「いや、その、ランちゃんを見るのが久しぶりだったから、さ」
いつものようにへらへらとして口調で、ケンは本音を隠した。
本音を言ったところで、真っ直ぐで真面目なランでは、正拳突きを百発、いや、千発くらうだけだろうが。
「ふ~ん」
何かを探るように、ランがケンの目の奥を覗き込んだ。
折角やましい心を封じ込めようとしているのに、これでは何の意味もない。ケンの背中に嫌な汗が滲み出した。
「あ、あの、ランちゃん…」
やっとのことで声を出したケンだったが。
「それだけ、か」
聞こえるかどうかの声でランが呟いた。
「それだけって、ランちゃん?」
疑問符だらけのケンがランに問いかけると、とろけるほど愛らしい子悪魔な表情で「ひみつ!」と言って、ランは駆け出した。
= Fin =