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始めてその名前を聞いたのはいつだったか。
いつもぼろぼろになって稽古から帰ってくる兄さんだったけど、姿とは裏腹にいつも楽しそうだった。それがより楽しそうに見え出したのはその名前が出るときだった。
「僕も兄さんと一緒に稽古したい」
それまで考えていたことを、初めて兄さんに告げた。
そしたら、兄さんはひどく驚いた顔で僕を見て、そして瞬間嬉しそうになって、そして何かを思い出したようにとても優しい顔で僕を見た。
「いいか、レツ。お前は絵が好きなんだろ?なら、お前のその手は絵を描くべきだ」
「でも!」
「お前は兄ちゃんのようになるんじゃないぞ」
兄さんのその目はとても悲しそうで、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
僕は、父さんと母さんのことを知らない。あまりにも小さかったから覚えてなくてもしょうがない、と兄さんは言っていた。
でも、僕は一度だって淋しいなんて思ったことがなかった。見も知らない両親よりも、いつだって一緒にいてくれる兄さんさえいれば淋しいことなんてなかったから。僕には兄さんがいればそれだけでよかった。
兄さんの笑顔があの人のおかげで明るく輝いたとしても。