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「どうした、理央よ」
飲み物の乗った盆を手にシャーフーは理央の座っているソファーに腰掛けた。ひょいと覗き込むと、それはシャーフーが若かりし頃(人であった頃)の写真だった。
「おぬし、どこからそれを…」
シャーフーは困惑したが、あまり物事に関心を示さない理央が興味を持ったそれを取り上げることはしなかった。
「それはわしがハンサムボーイじゃった頃の写真じゃよ。ほっほっほ。どうじゃ、なかなかのものであろう」
シャーフーが得意げに髭をひくひくさせて同意を求めたが、理央は全くのってこなかった。
「おぬしには、まだわしの良さがわからんかもしれんのう」
髭をしゅんと下げて、猫さながらに悲しげに見えた。(確かに見た目は猫なのだが)
しかし、そんなシャーフーをよそに、理央は熱心に写真を見続けていた。
「おぬしは何をそんなに熱心に見ておるのじゃ?」
理央の視線の先を辿ると、一枚の集合写真があった。
「ほぅ。懐かしいのう。獣拳の師、ブルーサ・イーが居られた頃の写真じゃ」
「…ブルーサ・イー?」
シャーフーの呟きに理央が反応を返してきた。まさか反応があるとは思ってもいなかったシャーフーだったが、理央は年頃の少年らしい好奇心に満ちた目で次の言葉を待っていた。
「うぬ。わしたち、獣拳の師であり、獣拳の祖でもある。とても大きく、強く、そして優しい方じゃった」
「どこにいるの?」
「今はもう、どこにもおらぬ」
「…死んじゃったの?」
自分の言葉に沈みかけた理央に、シャーフーは優しく肩を叩いた。
「『死』というのは正しい表現ではないぞ、理央。獣拳の世界には死は存在せぬのじゃ」
「じゃあ、どうなるの?」
「激気魂といって、獣拳を学ぶものの近くにいつもいてくれるのじゃ」
「げき、だましい?」
「そうじゃ。激気魂じゃ」
「僕の、父さんや母さんも?」
家族の死という果てしない恐怖に囚われながらも、救いを求めて立ち上がろうとする理央の瞳がシャーフーを見つめていた。
「うぬ。おぬしの家族は激気魂となっておぬしを見守っておるぞ。恥じぬように生きてゆかねばならぬのう。おぬしも、わしも」
その言葉に理央はコクンと頷き、シャーフーはその頭を柔らかな肉球でポンポンと叩いた。
「さっ、理央よ。ティータイムにしようかのう」
理央のために用意したオレンジジュースを手にしたシャーフーだったが、当の理央はまだ写真に釘付けだった。
「どうしたのじゃ?まだ何か気になるものが写っておるのか?」
シャーフーに問われて、理央は写真の端に写る、一人の人物を指差した。
「この人は?」
「ん?はて、誰じゃったかのう」
記憶の波を遡り、シャーフーは指し示されたその人を探し出した。
「思い出したぞい。話したことはないがの、才能のある若き拳士だったと記憶しておる」
「この人も激気魂になったの?」
「ん?そうじゃの。そうであればよいが。ほれ、早く食べんと、わしが全部食べてしまうぞ」
曖昧に言葉を濁し、シャーフーは持ってきた肉まんに手を伸ばした。しかし、理央は魅せられたかのように、写真の人をいつまでも見つめ続けていた。
誰もが笑顔で写る中、唯一人、淋しげな表情の美しき人。
幼き理央がメレと始めて出逢った瞬間だった。
= Fin =