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「ここがあなたの部屋よ、ジャン」
スクラッチの特別開発室室長・真咲美希は、スクラッチに勤務する単身者用の賄い付き寮の一室にジャンを案内した。
「俺の、へや?」
首を傾げて要領を得ない風のジャンに、美希は「そうよ」と答えた。
「あなただけのおうち。ここで寝て、ご飯を食べて、そしてここからスクラッチまで通って修行するのよ」
長く森の中で暮らしていて世間の常識に疎いジャンにもわかるように説明した。
「俺だけの!?」
途端に目をキラキラさせながら、ジャンは部屋の中を眺め回した。
「これも、これも、これも、これもかっ!?」
一つずつ指でちょんっとつつきながら、ジャンは美希に確認した。
「えぇ、そうよ。ここにあるものはすべて好きに使っていいのよ。足りないものは後で用意してあげるわ」
ジャンのあまりの喜びように、美希は思わず微笑んだ。
8畳ほどの広さの中に、ベッド、小さなテーブル、何の模様もないカーテンだけしかない、取るに足らない部屋なのに、ジャンの目には豪華な宮殿に迷い込んだかのように写って見えた。
「さぁ、この部屋の居心地をもっと良くするためにあなたのものを買いに行きましょ。でも、その前に…」
言いながら、美希は持っていた紙袋の中から何かを取り出した。
「そのままじゃ外に出るとびっくりされちゃうから、ジャン、これに着替えてくれる?」
それは、ランやレツが着ていたものと同じ型の赤い色のユニフォームだった。
「なんだ、これ?」
美希からユニフォームを受け取ったジャンは、洋服の入ったビニール袋を無造作に引き裂き、乱暴に目の前にかざした。
「あいつらのと同じだ」
「そうよ。あなたたちは『仲間』だから。さ、着替えて、ジャン」
ひっくり返したり、伸ばしたり、匂いをかいだりしていたジャンに、美希は着替えを促した。
すると。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!そこは頭を入れるとこじゃないからっ!」
上着の腕の部分に無理やり頭を入れようとしているジャンを、美希は慌てて制止した。
(そうだったわ。この子、服なんて着れるわけないわよね)
美希は小さくため息をついて、ジャンの手から服を奪った。
「あっ!何するんだ!」
「ちょっと待ちなさい。着せてあげるから」
ジャンに服を着せてやりながら、美希は我が子・なつめの小さい頃を思い出していた。
(なつめにもこうやって着せてあげていたわね。いまじゃ、触らせてもくれないけど。それにしても、大きい子供ができたみたいだわ)
「さぁ、これでいいわよ」
目測のみで用意したものだったが、サイズは合っていたようだ。2着目以降は寸法を測り、ジャンにしか着ることのできないユニフォームが用意できるだろう。
「すごいぞ、これ!ノビノビするぞ!」
どうやらジャンにも好評のようだった。
「さ、出かけるわよ」
美希は服のあちこちを引っ張ってどれだけ伸びるか調べているジャンを無理に部屋の外へ連れ出した。