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ここはどこだろう。
ああ、ここは臨獣殿だ。しかし、臨獣殿は俺が火を放ったはず。どうして…。
理央は慣れた足取りで臨獣殿を歩いた。
彼の記憶では臨獣殿はとうの昔に焼け落ちてしまったはずだった。彼の手によって。
それが、彼の目に映るのは、在りし日の臨獣殿と寸分違わなかった。
ただ、一つ違うもの。
それは、いつも彼と一緒にいたはずの彼女の姿が見えないことだけだった。
どこだ?
歩けども彼女の姿が見当たらない。
そんな彼の不安を表すかのように、足取りが少しずつ早まっていた。
いなくなってしまったのか。俺の前から…
そんなはずはないと思いながらも、見つからないことに対する焦りで、思考は黒く塗りつぶされていく。
まるで何もかも失くして冷たい雨に打たれるしかなかった、あの時のように。
臨獣殿の中でひと際大きな扉が目に飛び込んできた。
それは、かつて臨獣殿に君臨し、全てを率いていた頭首の間だった。
まさか。
頭首の間に座する理央の命を一言も聞き逃すことのないように、彼女はいつもそばに控えていた。
はやる気持ちを抑えきれぬように、理央は二枚の扉を思い切り押し開けた。
「メレ!」
思わず名を呼んでいたことなど気づくことなく、理央は党首の座で倒れこんでいるメレに駆け寄った。
近くで彼女の胸が上下に動いていることを確認して、理央は小さく息をついた。
リンリンシーである彼女は寝ないはずなのだが、今、彼女は眠っているらしい。
「…んっ、うぅ…」
彼女の眉根が苦しそうによる。
彼女の口が何かを訴えようと小さく開くが、苦しそうな喘ぎを漏らすだけで、その声は理央の耳には届かなかった。
理央は手を伸ばし、そっと彼女の額に触れた。
その感触にも気づかないほど、彼女の意識は奥底に沈んでいるようだった。
額にかかる髪をかき上げ、あらわになった白い額にそっと唇で触れる。
彼女を苦しめるものを吸い取るように。
「…ん、くっ…、はっ、ふぅ」
それが効いたのか、彼女の呼吸が穏やかになった。
俺はメレに救われた。だが、メレは誰が救うんだ?
理央は肩を覆うマントを外し、彼女の上にかけた。
リンリンシーは寒さも感じない。でも、彼女はその感触と温かさにほっとしたかのように頬を緩めた。
理央は彼女のそばに腰を下ろし、彼女の頭部を自分の膝の上に乗せた。そして、彼女の額を、頬を、愛おしむように触れた。
「メレ。お前は俺が守る。今は、眠れ。俺のそばで」
理央はそっと彼女に口付けた。
理央の思いが届いたのか、寝ている彼女の瞳から涙が一筋零れ落ちた。
= Fin =