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「やっと、これをおぬしに返すことができる」
シャーフーは墓前の前に膝をつき、胸元を探り、小さな白い玉のついた首飾りを引き出した。
普段は彼の真っ赤な胴着に隠れて見えることのない首飾りは、白い玉のほかに、もう一つ、同じ大きさの赤い玉もついていた。
首から鎖をとり、誰も訪れることのない墓前に紅白の玉飾りのついた首飾りをそっと置いた。
磨かれもしていないたんなる巨石をぽんと置いただけのもので、その墓石が置かれている場所も、辺りは草が伸び放題で誰も足を踏み入れたことがないだろうと思わせた。
それもそのはず。その場所は、かつて臨獣殿があった場所であり、理央が最後に火を放った場所でもあった。
その証拠に、黒く煤けた材木らしきの朽ちかけた物が、草の陰に忘れ去られたように転がっている。
墓石と思われるものは、不自然にその場に存在していた。シャーフーはそれは理央であろうと思っている。
「重かったぞ、これは。のう、マク」
墓石に向かって話しかける。
これは理央が火を放った後に、臨獣拳に拳を捧げて亡くなった者たちのために用意したのだと、随分後になって訪れたときに見つけ、気づいた。
「シュエ殿も、長く私の元で窮屈な思いをさせてしまいましたな。マスター・ブルーサ、遅くなってしまいましたが、獣拳は貴方の教えの元、ずっと続いていくでしょう」
彼の教え子達は、育っていっている。これからも、ずっと。
墓に向かって喋ったところで、返事があるわけでもない。それでも、シャーフーは伝えたかった。
「長かったよ。しかし、後はあの子らが導いていってくれるだろうさ。わしだけではない。おぬしらもあの子らのマスターとして導いていってくれたからの」
二つに分かれた獣拳は、長い時間をかけ、また一つに返った。シャーフーやマクたちがブルーサ・イーから教えを受けていた、あの頃の獣拳に。
「また、おぬしと手合わせをしたいものだ。なあ、マクよ」
あの頃は無邪気に楽しかったと思う。そう思うようになったのは年をとったせいだろうか。
「そっちへ行ったら、ブルーサ・イーの元でまた修行をしようぞ」
拳聖たちは獣獣全身変で不老になったが、不死というわけではない。いつかは、死ぬ。
それでいいのだ。獣拳は、誰かがいなくなっても、誰かが受け継ぎ、続いていく。若きマスターとなった彼の言葉どおり、獣拳は「ずんずん」だから。
傾きかけた陽が巨石を赤く染め始める。
シャーフーは立ち上がり、墓に向かって一礼した後、その場を後にした。
= Fin =