• Top
  • Mail Magazine
  • Cool Box
  • Cotton Box
  • Blog
  • About
  • Link
拍手&メッセージをお願いします

Cool Box  - 獣拳戦隊ゲキレンジャー -

ケンの秘密の稽古

Page: 1/1



 最近、敵が強くなってきた。もちろん、自分だってマスターと呼ばれるようになってからも鍛錬は欠かさないし、日々、強くなっているはずだ。それは師匠の教えが爪の先にまで息づいているからこそ、だと思っている。
 それにしても、ここ数か月の出動回数の多さといったら、数年前の比ではない。体は休めば回復が見込めるが、武具はそうはいかない。適度なメンテナンスがどうしても必要になる。
 レツは自分の武具・ゲキトンファーを小脇に抱え、今はスクラッチマイスターズ社の職人としても腕を磨いているケンの元へと向かった。ゲキレンジャーの武具は全てケンの父・久津権太郎の手によるものだが、職人として跡を継ぐと言った息子に「武具のメンテもできねえ野郎に俺の跡なんて継げるもんか!」と、まずはゲキレンジャーメンバーの武具のメンテナンスからケンは始めることになり、今もそれは続いている。
 いつものように久津家の自宅裏にある工場へと先に顔を出してみたが、そこには誰もおらず、不気味なくらいしんとしていた。

(何かおかしい)

 咄嗟にレツは感じた。
 周囲に気を巡らし様子を窺うが、それ以上も以下も、それだけの感覚しか感じ得ない。
 その場でしばらく考え込んでいたが、正体が不明なままではどうもしようがない。レツは早急にスクラッチ本社に戻り、詳細を確かめるべくマスター達と相談するべきだと考えた。
 そうして踵を返したレツの背後で、突然大きく気が歪んだ。
 酷使したために使い物にならないゲキトンファーを下に置き、振り向きざまにレツは構えを取った。
 目の前の何の変哲もない空間が、波紋の広がる水面のようにぐにゃりと崩れる。その様を静かに見据えながら、レツはその手に激気を込めた。
 ぐにゃりと歪んだ空間は、中心に向かって渦となり、次第に集まって小さな点となった。かと思うと、次には眩い光を伴いながらゆっくり大きく開いていった。
 その眩しさから目を庇うように、思わず右腕を目の前にかざしたレツだったが、黒い影がのそりと動いたのを捉えた途端、再び手を構えて激気を込めた。
「ちょっ、ちょっ、待った!待った!俺だってば、オレ!」
 黒い影が発したその声は、レツもよく知っているあいつの声そのものだ。そう気づいてみると、そいつの持つ気にも覚えがあった。

「ケン、か?」

 黒い影が人の形をとった途端、空間の歪みはすっと掻き消え、見覚えのある白地のジャージを着たケンの姿が現れた。

「そう、俺。だから、その気を抑えて」

 いつものようにだらだらと歩きながらケンが近づいてきた。

「ケン、一体どうしたんだ?」

 駆け寄るレツを片手で制して、ケンは近くの台に無造作に腰を下ろした。

「ちょっ、待って。少しだけ休ませて」

 そういったケンの体からは、汗が蒸気となって体を包んでいた。息が上がっているのか、肩も激しく上下している。
 どのくらいそうしていただろう。ふいとケンは立ち上がり、どこからかペットボトルの水を二本持ってきた。一本をレツへと投げ渡し、もう一本は蓋を開けると一気に飲み干した。

「飲まないの?」

 レツが持ったままのペットボトルにケンが目をやる。レツガいらないとばかりに首を左右に振ると、その手から奪い取り、再び一気に水を飲み干した。
 それでようやく一息つけたのだろう。ケンはふーっと長い息を吐いてからレツに向き直った。

「それ、修理?」

 ケンが顎をしゃくって示したのは、レツが下に置いていたゲキトンファーのことだった。

「あ、ああ。ちょっと歪んだみたいでうまく力が伝わらないんだ」
「ちょっと見せて」

 ケンはレツからゲキトンファーを預かると、目の前でくるくると回しだした。

「あー、確かに。歪んでるわ、これ。そんなヤバイ敵だった?」

 ケンの問いにレツは思い出すように宙を見ながら答えた。

「いや、どうでもないんだけど。やたら固いのと、やたら数が多かったのが堪えたかな」

 レツの答えを聞きながら、ケンは近くの棚から工具を取り出し、ゲキトンファーに手を加えていく。はたから見たら、普通の工具で普通に打ち出して歪みを直しているように見えるが、実は全く違う。工具自体は激気を扱える者しか意味をなさないものだし、そもそも、ゲキレンジャーの武器も防具も、激気でしか鍛えられないし直すこともできない。それゆえ、特別な力と技を持った深津家の人間しか扱えないのだ。

「親父さんは?」
「ああ、エレハン先生とどこぞに視察に行ってるよ。ぜ~んぶ俺に押し付けてさ。まったく、あの二人は」

 ケンは毒づいているが、それはケンの修繕の技が、師である父を超えているということでもある。そう言うケンもまんざらではないことは、レツだってわかっている。

「これでどう?」

 投げてよこされたゲキトンファーを軽く受け取り、レツは慣れた体で右に左に、上に下にとくるくると回した。

「うん。悪くない」
「悪くないだって!?おいおい、それはないんじゃないの?」

 軽口の応酬に、二人は声を出して笑った。
 かつて、一つの巨大な敵に立ち向かっていた時は、四六時中一緒だったが、それぞれが各々の道を進みだしてからは会うこともぐっと減っていた。こうやって会うと、あの時にすぐ戻れるのは、あの頃の時間は濃密だった証拠だろう。

「それはそうと、ケン」
「ん?」
「さっきまで、どこにいたんだ?」

 ここに来てからずっと気になっていたことだった。ケンの様子からして危険はないと踏んだものの、明らかに異空間から現れたことはどうにも説明がつかない。

「あー、それね……」

 ケンは一瞬言いよどんだ。が、隠すほどのことでもないと思ったのだろう。近くの台に腰を下ろして話し出した。

「修行してたんだ」
「修行?」
「そう」
「どこで?」
「あの世、かなあ」
「あの世?どういうことなんだ?」
「話すと長くなるというか、いや、短いか。実はさ、三拳魔から手ほどきを受けてんだよ、俺」
「えっ?何、待って?三拳魔?って、あの……」
「そう。その三拳魔」
「ええっ!マクにラゲクにカタってことか?」
「そう。そのお三方」

 驚くレツをよそに、ケンは事の始まりから話し始めた。
 ケンが会得した「ライノセラス拳」に興味を持ったマク、ラゲク、カタが、ラゲクの時裂波を使ってケンの元にやって来たこと。そして、頼みもしないのに稽古をつけに昼夜問わず呼び出すこと。それがもう、三か月も続いていることなど、だった。

「それって、マスターシャーフーは……」
「知ってるよ。そのうえで稽古つけてもらえってさ」
「そう、なのか」

 レツの胸中としては複雑だ。自らもロンを封じるためにラゲクから教えを乞うたことはあるが、あれは夢の中のようなものだし、あの一度きりだ。ロンを封じてからは、自らが師となり後進の指導に当たることが主で、誰かの教えを乞うことなど、この長い間、あり得なかった。

「いや、そんな良いもんじゃないから」

 そんなレツの心境に気づいたのか、ケンが慌てたように付け加えた。

「マクはただ強くなりたいだけだし、カタはただ指導したいだけだし、ラゲクに至っては俺をてがいたいだけだから」

 そう一気にまくし立てて、ケンははーっと長い息を吐いた。

「とにかくさ、俺だって忙しいってのに、あの人たちには全く関係ないからね。年寄りの相手は親父とエレハンだけでいいっつーの」

 あの三拳魔を年寄り呼ばわりすることにも驚きだが、レツからすれば稽古をつけてもらっているのに心底嫌がっているケンに驚いていた。

「でも、稽古をつけてもらってるんだろ?」

 レツの純粋な問いに、ケンはとてつもなく苦い薬を間違って飲んでしまったような顔をレツに向けた。

「よく考えてみろ、レツ」

 ケンは近くのパイプ椅子を手に、レツの前に座った。

「一日の汚れを落とそうとシャワーを浴びている最中にだな、時裂波で時空が開くんだ。着替える暇なんかないぞ。かろうじて腰にタオルを巻けるが、それだけだ。頭にはシャンプーの泡が残ってるし、体も濡れたままだ。そんな俺にあの三人は何て言ったと思う?ラゲクは臨気で俺を動けなくして『良い体ね』って触りまくるし、カタは『いついかなる時でも神経を研ぎ澄ませるのだ』ってブンブン臨気をぶつけてくるし、マクのヤローは一言も発さず怒臨気をぶつけてきやがるんだぞ。正直、命がいくつあっても足りないくらいだぜ。それでも『稽古をつけてもらってる』なんて言えるか?」

 話しているうちに思い出してきたのだろう。ケンの顔は怒りと羞恥で真っ赤になっていた。

「風呂はまだいい、風呂はな。トイレにこもっている時に時空が歪んでみろ。果てしない恐怖だぞ。わかるか、レツ!」

 あまり想像したいものではないが、その場面を頭に浮かべたレツも、苦い薬を間違って飲んでしまったような顔になってしまった。

「それは遠慮したい……」
「俺だってしたいさ!けどな、年寄ってのは我が儘なんだよ。俺の話なんて一つも聞きやしないんだ!」

 やり場のない怒りを拳に込めて、ケンは両手を突き上げた。

「それでも稽古をつけてもらいたいか、レツ」

 ケンは鋭い眼差しでレツを見据えた。その視線に、レツはごくりと喉を鳴らした。
 自らもマスターと呼ばれるようになって随分と経つが、上に立つということがこんなにも孤独であるということに戸惑っていた。ケンを含むかつての仲間たちは、各々の道へと進んでいる。それは当然のことと受け止めてはいるが、どこか淋しさが否めないのも正直な気持ちだ。それは絵を描いている時とどこか似ている。
 そんな正直な気持ちを、レツはケンに包み隠さず伝えた。
 すべてを聞いたケンは、小さく、「わからないでもないけどな」と呟いた。

「でもな、あの三人に教わるのだけはやめとけ!ゲキレンジャー内で一番繊細なお前にはきついし、何より俺がゴウ兄さんに叱られ……、あ~、遅かったか」

 ケンの視線の先を見ると、ケンが現れた時と同じ歪みが、何もない空間に現れようとしていた。
 そこから絵に描きたくなるような、白い美しい腕が伸びてきたかと思うと、レツの頬を優しく撫でた。

「あら、お肌が綺麗ね、あなた」

 人が通れるほどの空間が開き、そこには、かつて一度だけ見たことがある人型のラゲクの姿があった。

「更なる高みを目指したいそうね。お肌も奇麗だし、あなた、いいわ」

 ラゲクがしゃべり終わる前に、バサバサッと大きな羽音が響いてきた。

「飽くなき探求心を抱くことは良いことだ。この私が直々にお主を鍛えよう」

 この気には覚えがある。直接対峙したことはあまりないが、この人型はカタなのだろう。
 ラゲク、カタと続いた。次はもしかして……。
 レツがケンの顔を見ると、心底、嫌そうな顔をしている。それに気づいたと同時に、レツの頭が強い力で掴まれた。そして、アッと思う間もなく歪んだ空間に引きずられていく。
 咄嗟にケンを見ると、気の毒そうに手を振る姿が見えたが、次の瞬間、彼も大きな手に頭を掴まれ、レツと同様に引きずり込まれていくのが目の端に見えた。

「ちょっ、なんで俺まで!さっきもやったっしょ!」
「もう一度だ。来い」

 腹に響くような低い声の男だ。有無を言わせない迫力はマクしかいない。
 この時はまだ興味が勝っていたレツだったが、異空間に着いてすぐに後悔することになる。
 この日から、レツもケンと同様、かつての三拳魔の暇つぶしとして、時間を問わず呼ばれることになるのだった。





= Fin =



上へ