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サンヨの朝は早い。陽の見える前に起きる。誰も知らないが。
「今日もサンヨは早起きヨ~。ロンよりも早いのヨ~。だってロンは寝起きが悪い、…っと、ゲホゲホ」」
ロンに聞かれたら事だと、サンヨは誤魔化すように咳き込んだ。まあ、この程度ならロンも怒らないとは思うが。多分。
しばらくきょろきょろと周囲を伺うようにしていたサンヨだったが、特に何も起こらないようだと思ったのか、また、鼻歌を歌いだした。今日の彼もご機嫌だ。
壁にかかっていたやたら紐が長いくせに小さなポーチを、体の突起をよけながら器用に体に斜め掛けする。真っ赤なころんとしたポーチは、ぱたんとかぶせるタイプの蓋で閉じられるようになっている。黄色のスナップボタンで止められるので、手の大きなサンヨでも簡単に止められる優れものだ。ポーチの裏側とボタンの表面には笑顔のバジリスクのイラストが描かれているところと、ポーチの蓋の裏側に「さんよ」と名前が黄色い刺繍でされているところが彼のお気に入りだ。名前が入っているからどこかで失くしてもすぐに自分のものだとわかって手元に戻ってくるところも気に入っている。ただし、一度も失くしたことはないが。
大きな鏡の前でくるりと一回転すると、サンヨは満足したように大きく頷いた。
「今日もサンヨはおさんぽヨ~。ロンは誘わないのヨ~。いつも一人で行っちゃうのヨ~」
サンヨでなくても、誰に誘われてもロンは行くことはないだろうが。
調子っぱずれの歌を気持ちよく歌いながら、サンヨは玄関扉を開ける。外はまだ暗い。
「まだ暗いけどサンヨには見えるのヨ~。こけたりしないのヨ~」
サンヨは暗い中をものともせず歩いていく。いつもの道だから慣れているのだ。そうして歩いていると、少しずつ地上に近づいている太陽の後光ともいうべき光が少しずつ空を照らし出す。そうすると、辺りは俄かに色を取り戻し賑やかになっていく。
ほんのり蕾が解けた名も知らない花や、朝露が僅かな光を反射してキラキラ光るブローチをつけたような葉っぱや、何かの鉱石を含んだごつごつした石の壁が、昨日とはまた違う顔を見せながらサンヨを迎え入れる。
それらを大事そうに大きな手で摘まんでは、小さなポーチに詰めていく。それはサンヨの大事な大事な宝物だ。
そうしているうちに、地平線から顔を出したばかりの太陽が、サンヨを真っすぐに照らした。
サンヨは太陽に相対するように、真っすぐに向き直り、両手を太陽に向けた。
「蔵備頓(ぐらびとん)!」
突如、サンヨは自ら持つゲンギの一つを唱えた。両手に溜め込んだ幻気で重力場を作り出し、頭上から投網のように落として超重力で周囲の全てを押し潰す、自在に重さと軽さを操る幻獣バジリスク拳サンヨの最大の技だ。
が、しかし、何も起こらない。太陽は先ほどより少しだけ地上に顔を出し、先ほどよりも強く周囲を照らし出す。花も葉も岩も、サンヨも、すべてを平等に照らし出す。
「ふーん。やはりあいつは強いのヨ~」
いつものように太陽に向かってゲンギを唱えると満足したのか、サンヨは歩き出した。
「あいつには勝てないのヨ~。ロンよりも強いかもヨ~、…っと、ゲホゲホ」
サンヨの呟きはロンには届かない。いつものサンヨのさんぽだ。
= Fin =