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彼はもう、忘れているのだけれど。
「どうなるんだろうな、獣拳は…」
「マク様は臨獣殿とやらを創ったそうだ」
「カタ様にラゲク様まで御一緒にいかれたとか」
「獣拳を学んだものの半数がついていったらしい」
「お三人を慕うものは多かったからな」
「それにしても、なぜ、こんなことに」
「…」
その答えは誰もわからなかった。
『激臨の大乱』
後にそう呼ばれることになるこの戦いの発端は。
(あの人は、どうしたのだろう…)
噂の輪から離れて、彼は一人、思い悩んでいた。
彼のように獣拳を学んで日が浅いものは、戦いに加わることもなく、噂話の中から戦いの行方を見守るしかなかった。
(行ってみよう。そして、もし、あの人が臨獣殿側についていたとしたら、その時は…)
彼の頭を占めていたのは、激臨の大乱ではなく、いつも一人で佇んでいた人のことだった。
「いない…」
その人を見かけたことのある場所、すべてを訪れてみた。
稽古場。
休憩所。
食堂。
いつも一人佇んでいた場所。
そのどこにもいなかった。
「やっぱり…」
噂の中にかの人の姿を聞いたことがあった。
マク・カタ・ラゲクの誰かを心酔していたというわけでもない。なのに、臨獣殿側へ寝返ったと、そう噂されていた。
なぜかはわからない。どうしてかは知らない。でも、気になってしょうがなかった。
(もしも、臨獣殿側へ寝返ってしまったのだとしたら…)
瞳の奥に決意を秘め、彼は踵を返した。