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「あの、光永さん。私の顔に何かついてますか?」
今日は天気も良く心地良い風も吹いていたから、たまには気分を変えてみれば自分で作った代わり映えのしないお弁当も少しはおいしく見えるかもしれないと、お昼休みに陽太を校舎の屋上に誘ってみた由輝だった。が、それは失敗だったかもしれないと思い始めていた。
「あ、いや。ごめん、なんでもない」
由輝からふいっと目を逸らして、陽太は手にしていたおにぎりにぱくりとかぶりついた。
そんな陽太を目にして、由輝は案の定、いつものごとくネガティブ思考に陥っていく。
(も、もしかしたら、あまりにも天気が良すぎて、いまいちなお弁当がよけいにいまいちに見えてしまったのかも。それとも、こんな天気の良い日に私の顔を見てお弁当がおいしくなくなったとか。それとも、もしかして、わ、私の顔を見るもの嫌になってきたとか…)
由輝のネガティブ思考はとどまるところを知らない。
そんな彼女のことをよくわかっている陽太は、彼女の表情が見る見るうちに暗くなっていることにすぐに気がついた。
「影野、本当に何もついてないから。それより、これももらっていい?」
彼女の思考を逸らすように、陽太は弁当箱の中にひと際場所を占領している唐揚げを指差した。
「あ!どうぞ。今日はちょっと味を変えてみたんです」
陽太の思惑どおりにネガティブ思考から逸らされた由輝は、陽太が指差した唐揚げを、取り皿代わりの弁当箱の蓋に一つ乗せて手渡した。
「へえ」
由輝は料理が上手い。彼女自身は謙遜してそんなことないと言い張るが、陽太はどこで出される料理よりも由輝の手料理の方が好きだ。
「あ、うまい!」
一口食べた陽太は、そのおいしさに思わず感嘆の声を上げた。その様子を見て、由輝が目をまん丸にして驚いた後、心底嬉しそうに照れながら微笑んだ。
「揚げる前に生姜醤油のたれに漬け込んでおいたんです。衣も片栗粉を使ってみて…、あの、光永さん?どうかしましたか?」
急に動きを止めて黙り込んだ陽太の様子に、由輝は説明をやめて陽太を覗き込んだ。
陽太の視線は由輝の顔に注がれたまま微動だにしない。心配になった由輝は、その瞳を覗きこもうと、さらにその距離を縮めた。
が、不意にその動きを止められた。
「へ?光永さん?」
「ちょっ、何?」
「え、何と申されましても。急に食べられるのをやめられたので、何かおかしなものでも入っていて体を壊されたのかと思って」
そういう由輝の顔は、心底心配している表情だったし、彼女の性格上、そんな嘘をつくわけもないことは、陽太にだってすぐにわかった。
由輝はといえば、また何かこじらせて考えているのだろう。やらかしてしまったと、泣きそうな表情になっている。
陽太はほぅっと、由輝に気づかれないように静かに息を吐いた。
「大丈夫。何もおかしなものも入ってないし、ちゃんとおいしかったよ」
「で、でもっ!」
「うん。あんまりうま過ぎて、思考がとまってた」
あははと陽太が笑うと、やっと安心したのか、由輝もはははと笑った。
「あ、あの、よかったら全部食べて下さい!あっ、明日も作ってきましょうか。光永さん」
「うん、そうだな。お願いしていい?」
「はいっ!」
由輝に気づかれないように、陽太はほっと胸を撫で下ろす。
実はどこかやましい気持ちでもって、彼女の口元から目が離せなくなっていたのはここだけの話。
= Fin =