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「影野っち、お願い!」
「えっ?えっ?な、何ですか?佐々木さん」
影野由輝は、突然、佐々木亮介に校舎裏に拉致られたと思ったら、いきなり土下座されていた。
「俺のために、一肌脱いで!」
由輝の彼氏、光永陽太が聞いたら静かに激怒しそうなセリフだが、由輝は勘違いもせず冷静に聞いた。
「えっ?な、何を…」
「お願いだよ~、影野っちー!」
理由も言わずただお願いだけされて頷ける人間などいないだろう。今の由輝の心境も、まったくそれだった。
「あの、一体何があったんですか?佐々木さん」
「何がって!だから今度の日曜、麗奈ちゃんたちを誘って欲しいってお願いしてるんじゃん」
「…今、初めて聞きましたけど」
「…えっ?」
そこで初めて亮介は気づいたらしい。お願いすることに気を取られすぎていて、肝心の内容を一言も説明していなかったことに。
「うっ、ごめん。影野っち…」
これでもかとうなだれる亮介に、由輝のほうがいたたまれなくなってしまって、「いいですよ」と言わざるを得なくなってしまった。
「あの、それで、お願いしたいことって」
「そう!それ!影野っちにしかお願いできないんだよ」
自分にしかできないことなんて一つもないだろうと由輝は思ったが、それは口に出さないでおいた。
「雨宮さんを誘うって、どういうことですか?」
「うん。前に麗奈ちゃんをデートに誘ったんだけど失敗しちゃってさ。今度はそのリベンジをしようと思ってるんだ」
「そうなんですか」
「それでさ」
ぐいっと亮介は由輝に近づいてきた。陽太がそばにいれば、思わず引き離したであろう程近くに。しかし、その辺りが一向に鈍い由輝は、その距離に対して何も警戒心を抱いてはいなかったが。もちろん、亮介も。
「今度は釣りに誘おうと思ってるんだけど、大勢のほうがいいかなって。影野っちや吉川さんとかいれば、もっとこう、会話も弾むかなって」
そういって頬を赤らめてもじもじする様は、まさしく恋する男の子だ。そんな姿を見ると、応援してやりたい気持ちが自然と湧き上がってくる。
「そういうことでしたら、私もにお手伝いできるかと思います。おまかせください!」
小さな胸をどんと叩いて由輝は請け負った。
「さっすが!影野っち!」
何がさすがなのかはさておき、亮介は彼なりの表現で喜びを表していたが、その後すぐに真面目な顔になって、またぞろ顔を近づけてきた。
「それはそうと、誘うのは女の子だけにして欲しいんだ」
「それは、どういう?」
「今回は前回のデートのリベンジなんだよ。俺のいいところを麗奈ちゃんにアピールしたいんだよ。だから、男は不要なんだ。間違っても、俺より絶対に良い男の光永だけは呼んで欲しくないんだよお~」
最後は泣きべそをかきながら必死にアピールする亮介だったが、由輝にもその気持ちはわからないでもない。陽太を呼べないのは淋しい気持ちもあったが、由輝の数少ない友達?でもある亮介の気持ちを無下にしたくはない。
「わかりました、佐々木さん。そういうことでしたら、この影野由輝、しっかりとお手伝いさせていただきます!」
由輝の手を取り小躍りする亮介だったが、その二人の姿をそっと見ていた影があることに気づいてはいなかった。