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「今日、父さん遅いね」
「ホントだね、お兄ちゃん」
テレビの前に座って壁に掛けられた時計を見上げながら、二人の子供は父親の帰りを待っていた。
「今日は遅くなるって言ってたから、もう寝なさい」
取り込んでおいた洗濯物を片付けながら、子供の母親は優しく静かにいさめた。
「でも、待ってるって約束したんだ」
「私も。これ見せるって言ったのよ」
小学生に上がったばかりの長男は、父親に似てしっかりしている。まだ3つになったばかりの妹の面倒も、誰に言われるでもなくよく見てくれているから、由輝も母としてとても助かっている。
「ん。でも、もう遅いでしょ。明日も学校よ」
「だけど、約束したし」
「見せるの。待つの」
下の子は眠い目をこすりこすりしながら、それでも懸命に起きていようとしている。彼自身もすでに限界に近いにも係わらず、そんな妹が寝ないように時々背中を叩いてやっている。
けれど、そろそろ21時になる。さすがに子供にはタイムリミットだ。
「お父さんには言っておくから、もう」
言い聞かせようとしていると、玄関の方でがちゃりと鍵の回る音が聞こえてきた。
「あっ!父さんだ」
「おかえりなさーい」
さっきまであんなに眠そうにしていたのに、子供達は父親を迎えるために玄関へと走り出した。
「ただいま~」
「おかえり!父さん」
「おかえりなさーい!あのね、あのね」
二人の子供にまとわりつかれながら、玄関を上がってくる彼はどこかふらふらしているように見える。
「お帰りなさい。陽太さん」
由輝がニッコリ微笑むと、陽太は真顔のまま「ただいま」と答えた。その時、由輝はピンときた。
「陽太さん、もしかして、結構、飲みましたか?」
「ん?うん。そうかもしれない」
相変わらず陽太は真顔だ。これはかなり飲んでいる。長年の勘から、由輝はそう結論づけた。
「えっと、陽太さん、お水。お水、飲みましょうか。私、すぐに持って」
全てを言い切る前に、由輝の体は陽太にがっしりと後ろから羽交い絞めにされていた。
「あの、陽太さん。これじゃあお水を取りに行けませんから。あの」
「水はいらない」
「でも、あの、お酒を飲むと喉が渇きますし」
「乾いてない」
「陽太さん、酔ってますし」
「酔ってない」
ああ、これは、かなり飲んでいる…。
実は陽太はそれほど酒に強いほうではない。(ともすれば、由輝の方が強いくらいだ。)本人もとある失敗から気をつけてはいるようだが、今日は断りきれなかったのか、かなり飲んでしまったようだ。
「由輝」
陽太の手が由輝を支配しようと伸びてくる。
このままではやばい。子供達が二人を不思議そうに見上げている。
「あ、あの、陽太さん。子供達が起きてますから!」
由輝にはそう言うのが精一杯だったが、陽太にはそれでわかったらしい。
「二人とも、明日聞いてあげるから、もう寝なさい」
父親の妙な迫力に、二人の子供達は素直に「はーい」と言って部屋の方へとかけて行った。
廊下に残されたのは、かなり酔って目の据わった陽太と、そんな彼に絡みつかれた由輝だけだ。
「えっと、陽太さん。お水、持ってきます」
「いらない」
「でも、あの」
「由輝」
「は、はい?」
「俺のこと、好き?」
「えっ?なっ、えっ?」
由輝がどもっている間に、正面に陽太の真剣な眼差しがあった。
「えっと、も、もちろん、好き、です」
結婚もしたし子供もいるのに、こういった言葉を言うのは幾つになっても由輝は慣れない。反して、陽太のほうはそうでもないようで、ふとした時にさらりと事も無げに言ってのける。やはり王子様はいつだって王子様なんだと、わけのわからない理屈で由輝はまとめてみる。
由輝の告白に気を良くした陽太は、彼女の顎を取り上に向ける。
「愛してるよ。由輝は?」
吐息が唇に落ちる。酒気の中に熱を含んだその息に、由輝も酔ってしまいそうだ。
「わ、私も」
「ん?」
「あ、愛して、ます」
「ふふっ。知ってる」
わかってるならどうして聞くんでしょう?、という由輝の疑問は、陽太によって塞がれる。そのまま二人は寝室へと消えていった。
「お父さん、覚えてるかなぁ」
部屋に行った振りをしてそっと覗いていた兄妹の妹が小さく呟く。その頭をそっと撫でながら、ちょっとだけ先に生まれて両親のことをちょっとだけわかってる彼は、妹に囁く。
「大丈夫だよ。母さんがいたから」
「お父さんは覚えてないの?」
「お酒に酔ってるときはダメなんだってさ」
「ふぅーん。お兄ちゃん。お母さん、大丈夫?」
「大丈夫さ。だって、本当は父さんの方が母さんのことを大好きなんだもの」
「そうなの?」
「そう。父さんの方が先に好きになったんだって。そう言ってた」
「らぶらぶなんだね」
「だね。さ、もう寝よ」
もうすでに妹は眠たそうにあくびをしている。
二人は手を繋いで子供部屋へと消えていった。
= Fin =