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「あ~、腹減ったなあ~」
「えっ、もう?まだ2時限だぞ、佐々木」
「いやー、だってさ、午前中の体育ってありえないっしょ。光永は減らないの?」
「いや、さすがにまだ」
「そうなの?さすが、イケメンは違うよなあ」
どこかとんちんかんな受け答えをするのは、陽太が高校に入学してからの友人、佐々木だ。彼は陽太のイケメンぶりをよく口にするが、それには裏も表もなく、妬みや僻みなどこれっぽちもないから、陽太としても心を許しやすい。イケメンであってもおごったところのない陽太に友人は多いが、その中でも陽太自らがつるもうとする相手は、彼だけかもしれない。
「それは関係ないだろ。っていうか、朝、食べてきてないの?」
佐々木の言葉を軽くスルーして、陽太は腹の辺りを押さえている佐々木に尋ねた。
「食べてくるけどさあ、俺ら、育ち盛りじゃん」
その理由がさも当然かのように口を尖らせていう佐々木に、陽太は苦笑いで答えた。
「次の授業は現国だっけ。早弁すっかなあ」
「昼はどうすんの?また、腹減るんじゃない?」
「あ~、くそっ!明日から母ちゃんに弁当2つ作ってもらおっかなあ」
本気で悩んでいる佐々木を見ながら、陽太はハハハと軽く笑っていた。すると、佐々木がじとっとした目で睨むように陽太を見ているのに気がついた。
「な、なに?」
「いーよなー、光永は!」
「何だよ、急に」
「昼は影野っちの手作り弁当があるもんな。愛も詰まっててさ、そりゃあ毎日、身も心も腹一杯だよなあ。彼女持ちはいーよなー」
「いや、まあ、それは」
そのあたりを言われると、陽太としても反論しづらい。由輝の手作り弁当は、味もボリュームも大満足で、何より、そのことを褒めたときに見せるはにかんだ笑顔が、ことのほか愛らしいのだ。
「それよりさ、どうなのよ、光永」
「何が?」
「影野っちと。キスとかした?」
思いもよらぬ変化球に、陽太は盛大にむせそうになった。
「えっ、何、急に…」
「いやー、一度、聞いてみたかったのよ。後学のために。後学っていうのは、もちろん、俺と麗奈ちゃんの将来のことね♪」
最後の部分は、夢見る乙女のように頬を染め、体をもじもじとくねらせながら佐々木は言った。
「そんなこと、いちいち言うことじゃないだろ」
ちょっと強い口調で牽制気味に言った陽太だったが、自分の妄想で舞い上がっている佐々木には、これっぽっちも効果はないようだった。
「いちいち言ってくれよー。俺と光永の仲じゃん」
「いや、言わないから。俺は」
「なんだよ、光永。相変わらずクールだよなあ。時には熱くなんないと、影野っちに嫌われるんだぞ」
”嫌われる”という言葉に、内心僅かに動揺してしまった陽太だったが、何とかそれを押し隠して「なんだよ、それ」とだけ返すことができた。
「クラスの女子がさ、雑誌見ながら話してたんだよ。女子は、時には熱く自分を求めてくれる男がいいんだってさ」
「それは一般論だろ」
「そーでもないんだって。それ見てた女子が、そうだ、そうだって言ってたんだよ。麗奈ちゃんも、影野っちだってそこにたんだって」
「いただけだろ」
「話にも加わってたって」
佐々木のいうことをにわかに信じる気にはなれないが、そこに由輝がいたと聞けば、心中穏やかではいられない。しかし、あの由輝がそんな話に乗るだろうか、といぶかしんだ陽太だったが、最近、同性の友達ができ、時折、ガールズトークに花を咲かせている由輝を見ることも多くなった。
「とにかく、言わないから」
この話はこれでおしまいとばかりに正面を向いた陽太だったが、そんな陽太などお構いなしに、佐々木はしぶとく食い下がった。
「いーよ、いーよ。お前がダメなら影野っちに聞くから」
「は?何で影野に聞くんだよ!」
慌てる陽太に佐々木はしれっと「じゃ、教えて」と言い放つ。しばらくそんなやりとりをしつつ、最終的に根負けしてしまった陽太は、小さく「したよ」と言わざるを得なかった。
「やっぱりなー」
陽太の答えに、佐々木は大きく頷き納得していた。
「なんでだよ」
「んー、だってさー。なんか、影野っち、可愛くなったもん」
「可愛く!?」
よもや、友人とはいえ自分以外の男から由輝の可愛さを指摘されると思っていなかったから、陽太はひどく驚いていた。
「そー。なんていうのかなー。目もキラキラで、こう、ほっぺもピンク色でさ、お前と話してるときなんか特に…。ちょっ、何だよ、光永」
「は?」
「何でそんな怖い顔してんの?」
「え?俺?」
「そうだよ。俺、何か変なこと言った?あっ!違うって!そうじゃないから!今のは一般論であって、俺には麗奈ちゃんがいるんだから」
一生懸命自分自身をフォローする佐々木だったが、陽太の表情は少しも変わらない。
「だから、一般論だって!さっき光永だってそう言ってたじゃないかー。何でそんな怖い顔して俺を睨むんだよー!」
佐々木の言ってることは良く理解しているのだが、どうも由輝のこととなると、クールではいられない陽太であった。
= Fin =