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「今日は大変だったけど、楽しかったです♪」
「そっか。よかったな、影野」
ファミレスでの文化祭の打ち上げも終わり、二人は帰路についていた。
「光永さんの執事姿もカッコよかったです!」
イケメンの陽太が何を着ていても基本カッコイイと思ってしまう由輝だったが、それでも、今日は本当に格好良いなと心底思っていた。
「いや。俺なんかより、影野のメイド姿、可愛かったよ」
「えっ」
突然褒められて、由輝は真っ赤になって止まってしまった。自他共に平均点以下の容姿しか持ってない(と思っている)由輝には、自分の容姿を含め、褒められることに全くなれていない。
「そ、そんな、私なんか。光永さんの足元にも及びませんので」
「そんなことないよ。俺には、影野が一番、可愛く見えた」
聞いているほうが真っ赤になる台詞をさらりと言ってのけてみたくせに、陽太は赤くなって目を逸らした。
「え、えっと、あの…。ありがとうございます」
「いや、そんな。お礼を言われることでも…」
互いに赤くなって俯いた二人は、端から見るととても初々しい。
「で、でも。光永さんの執事は、やっぱり女性に好評でしたね。さすがです!」
「いや、そんなことは」
「私もあんな風にかしずかれてみたいです」
「え?そうなの?」
「はい!やっぱり女性にとって、お姫様のように扱っていただけるのは夢みたいなものだと思います!」
古今東西、女性は幾つになっても、お姫様のようにかしずかれることは当然の憧れである。それが陽太のようなイケメンなら、なおさらであろう。
「ふーん。してあげよっか?」
「へっ?」
「(ああいうのは好きじゃないけど)影野になら、してあげるよ」
陽太が全てにおいて優しいのは由輝にだけなのだが、どこから見てもクールに見えがちな彼の本心は、意外と気づかれにくい。
「ええっ!」
大きく驚いて、その後、由輝は固まってしまった。しばらく見ていると、何かを考えているのだろう、動いては止まり、動いては止まりしている。その動きを見ているだけでも飽きない。数秒、そんな風にして、由輝の動きがぴたりと止まり、くるりと陽太のほうへ向いた。
「あの、本当にいいんですか?」
由輝は小さく呟いて陽太を見上げた。そんな仕草が、どれほど可愛く見えるのか、陽太以外の誰も知らないし、誰一人にだって知られたくもない。
そんな独占欲に気づかれないよう、陽太はにっこり笑って「いいよ」と答えた。
「じゃ、じゃあ、お願いしますっ!」
期待に膨らんだ瞳で、由輝が陽太を見上げる。その様子も、とても愛らしい。
小さくこほんと咳をして、陽太は由輝の前に恭しく跪いた。そして、下から由輝を見上げ、右手を胸に添え、左手をすっと由輝へと差し出した。
「お嬢様。これからも、私とずっと、ご一緒にいていただけますか?」
まるでプロポーズにも取れるその言葉は、何度か由輝に言われ、今では陽太の胸の奥に染み込んでいる。由輝にそれほどの意識があったとは思えないが、陽太にはそれ以上の意味を持った言葉となって息づいている。
真剣な眼差しでそう言われた由輝は、真っ赤になって固まっている。恥ずかしさでそうなったのだと容易にわかるが、果たして彼女は彼の意を汲むのだろうか。
「ダメ、でしょうか?」
彼にしては心配そうな声で問う。
そんなことはないとは思っているが、もしも否定されてしまったら、どうなってしまうか、自分でも想像できないくらいだ。
「だ、ダメじゃないです!私も、ずっと一緒にいたいです!」
陽太の不安を消そうとするかのように、由輝は真っ赤になりながら、目を瞑ってスカートをしっかと掴み、一生懸命返した。
それだけでも十分なのに、由輝と出逢ってからの陽太は、彼自身も驚いてしまうくらい、彼女の全てが欲しくてならない。
「本当なら、この手を、取っていただけますか?」
左の手を、さらに由輝の方へと伸ばす。ほんの少し、自分の手が震えているように思えるのは、きっと、気のせいではない、と陽太は思う。
ぎゅっと瞑っていた目を開き、由輝は陽太の手を見つめる。その顔は真剣だが、彼女の心の中までは読めない。自分のことを好いてくれているのは、当然感じているが、言葉だけではなく、何か、行動が欲しい。自分をこれ以上なく欲しいるという、証のような、何かが欲しい。
強く握り過ぎてプリーツがくしゃくしゃになってしまったスカートから手を離し、由輝はそっと、陽太の手に自分の右手を重ねた。
「私と、ずっと、一緒にいて下さい!」
真っ赤な顔をさらに真っ赤にさせて、由輝が言う。陽太の心配は杞憂に終わったが、それでも、心底ほっとしている自分がいた。
「もちろんです。お嬢さま」
そう言って、陽太は由輝の手を握り、くっと自分の方へと引き寄せ、小さな白い手の甲に口づけた。この口づけが証となって、ずっと彼女に残って欲しいと願いながら。
= Fin =