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あの日以来、彼女の様子がおかしい。それも、そのうち慣れてくれるだろう。
陽太はどこか気楽に、そんな風に思っていた。
だから、お昼彼女がなかなか戻ってこないのも、昼休みの終了を示す時計の針ほどには気にしていなかったのが、正直なところだった。
「み、光永さん!ちょっ、ちょっと、いいですか…」
彼女が仁王立ちで彼の前に立ちはだかっている理由も、よくわからなかった。
「…え?」
「こ…、ここに座ってください…」
彼女に示された場所に、陽太は素直に腰を落とす。それでやっと、身長差のある二人の目線がなんとか地面と水平になった。
彼女は顔を赤らめながら、何かに負けないように、陽太の目をじっと見つめている。
「あの…」
「…光永さん。目を…つむってください」
彼が何か言うより先に、意を決したように彼女がそう言ったのが先だった。
二人きりの屋上。顔を赤らめた彼女。陽太は何かを言おうとして、やめた。そして、彼女の要求通り、静かに目を閉じた。
「こう?」
彼女が何を考えて、こんなことを自分にさせようとしているのかはわからない。でも、このシチュエーション的に、何かを期待してしまうのは、お年頃の彼にとってしょうがないことだろう。
静かに目を閉じていると、風のそよぎに混じって、彼女の香りがしてくる気がする。といっても、彼女の香りが果たしてどんな香りなのか、知るほど彼女と密着した記憶もないが。
どのくらい待っただろう。とても待ったような気もするし、ほとんど待ってないような気もする。
陽太が目を開いたのは、バターンと豪快な音が響いたからだった。
「影野!影野っ!」
彼女は顔を真っ赤にしたまま、彼の目の前でぶっ倒れていた。
陽太は、(ある意味慣れた手つきで)彼女を抱きかかえ、保健室へと走った。
「すいません!」
扉を開けて駆け込むと、年配の保険医が机に座って何か書きものをしていた。
「ん?なんだい?…君かね」
ずれた眼鏡を元の位置に戻しながら、その保険医は陽太を見て、その腕の中でのびたままの由輝も見た。
「彼女は貧血気味なのかねえ。まあ、そのベッドに寝かせなさい」
指示されたベッドに由輝を横たえると、保険医は白い掛布を由輝の上にそっとかぶせた。そして、そっと彼女の額に手を置いて熱を診た。
「顔は赤いが、熱はないようだね。目覚めるまで様子を見るとしようか。さて、君は教室に戻るかね」
「いえ。彼女についています」
「そう。授業は大丈夫なの?」
「はい、僕は」
「そう。担任には伝えてる?」
「いえ。まだ…」
「じゃあ、僕が言ってくるから、彼女見ててね。そのまま、僕は外出するから。あとは、彼女の様子を見て、授業が無理そうなら帰ってもいいよ。そう伝えておくから」
「はい。ありがとうございます」
「ん。じゃあ、お大事にね」
保険医が出て行くと、部屋は二人きりになった。
なぜ、こんなことになったのかはわからない。ただ、その発端が、先日の遊園地でのあのことが原因だということは、陽太にはわかりすぎるほどわかっていた。
由輝の横たわるベッドの横に、丸い小さな椅子を寄せて、その上に座る。彼女が目を覚ます様子はない。
「キスでこれなら、これ以上のことをしたら、どうなるんだろう」
自分で呟いたことに想像して赤くなりながら、陽太は由輝の額にそっと触れた。