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影野だって青春したい 7巻 #27 メガネのおくりもの2 P.100の隙間Story
「あんた…、由輝りんになにしたの。サイテー」
「いや…」
帰って来たばかりの姉にそう突っ込まれて、陽太は何も言い返せなかった。
それは、「何か」をしたという自覚があったからでもある。だが、それで彼女が意識をなくして倒れてしまうとは思わなかったのだが。
「ま、なにしたかは知んないけど、そのままじゃ風邪引いちゃうでしょ。ちょっと待ってて。何か上に掛けるもの、持ってくるから」
そう言って、姉が毛布を一枚持って戻ってくる。室内は程よく暖かいが、12月のお風呂上り、風邪を引いてしまわないとも限らない。陽太は姉から毛布を受け取り、ソファーの上に横たわる由輝にそっと掛けてやった。
「ん?由輝りん、どして私のスウェット着てるの?」
「ああ。それは」
陽太は姉にそれまでの経緯を話してやった。帰ると外に由輝がずぶ濡れで立っていたこと。風邪を引いてはいけないので、とりあえず風呂に入らせ、着替えに姉のスウェットを出してやったこと。
「ふうん。別にいいんだけどさ。それにしても、この寒いのに、どして由輝りんは雨に濡れてまでうちに来たんだろ?なんかあったの?」
「それは…。俺が勝手に言うわけにはいかないだろ」
由輝と付き合っているとはいえ、彼女の悩みを勝手に他人に話すわけにはいかないだろうと、陽太は姉を牽制した。
そりゃそうよね、と呟いて、姉は立ち上がった。
「姉貴、俺ってさ」
「ん?」
「結構、独占欲、強い?」
「なに、急に?」
突然の質問に驚きながらも、彼女は小首を傾げて上を見上げ、ちょっと考え込んだ。
「そう、ね。一度気に入ったものは、絶対に離さなかったわね。貸してもくれないし、見せてもくれないし」
「え?そう?」
「そうよ。人目に触れさせないようにしたがるっていうか。逆に、それ以外のものに対してはそっけないくらい淡白よね。あんたって。ま、それも、しょうがないんだろうけど」
もて過ぎる弟の幼少期のことに思いを馳せながら、姉は彼のその性格について理解を示した。
「じゃあ、着替えてくるわ。そうだ、母さんは?」
「遅くなるって。連絡あった」
「そ。晩御飯、簡単でいい?」
「いいよ。俺は」
「ダメって言っても、簡単なものしか作らないけどね。そうだ!由輝りん、食べていくかなあ」
最後は誰とはなしに呟きながら、姉は自室へと消えていった。それと同時に、ソファーで横になっていた由輝の口から小さくうめきが漏れた。
「影野?」
陽太の呼びかけに由輝がぱちりと目を開く。その視界に、思いもかけず陽太が含まれていたことに驚いたようで、さらに大きく目が開かれた。
「み、光永さん!?」
「うん。大丈夫?」
大丈夫と問いかけられたことで、自分が何かしでかしたのだと思ったのだろう。由輝の瞳が不安に揺れる。そして、ぼんやりした頭で、一生懸命その理由を思い出そうとしている。その様子も、陽太の独占欲をくすぐっていることを彼女は気づいていない。
そして、自分の置かれている状況を少しずつ思い出してきたのだろう。赤くなり、青くなったりしながら、がばっと上体を起こした。
「す、すみません、光永さん!勝手に押しかけてきて、それなのに、倒れてさらにご迷惑をおかけして。ほんとに、わたし…」
倒れる原因を作った本人としては、いささか居心地の悪さを感じながら、陽太は小さくなって俯いたままの由輝の頭をそっと撫でた。
「迷惑なんかじゃないよ。俺が影野の力になれるなら、それは嬉しいことだし。ていうか、もっと、俺を頼ってくれていいから」
「えっ、でも、今でも十分過ぎるくらいですし、これ以上なんて」
由輝にとっては、今以上も迷惑かけたくもないのにかけてしまっているのが実情である。そうは言ってもらっても、はいそうですかと頷くことなどできない。陽太にも、彼女の性格をそれはよくわかっているから、それ以上は言わない。
「今日みたいに、影野が困っているときに、俺を思い出して、俺を頼ってきてくれるのは『あり』だから。それは、覚えておいて」
陽太の言葉を頭の中で反芻しているのだろう。十分に時間をかけて納得した後、由輝はすっと顔を上げた。
「光永さん。わたしのために、ありがとうございます」
彼女が見せる飛びきりの笑顔に、陽太は息を呑む。
今、この笑顔は自分だけに向けられたものだが、かつて自分以外の誰かに向けられ、そして、自分以外の誰かに向けられることがあるのだろうか。彼が彼女を『ひとりじめしたい』と思うのは、こんなときだ。
「確かに、誰にも見せたくないかもしれない」
「えっ?何か言いましたか、光永さん」
「いや、何でも」
陽太は幼い頃の自分の癖を思い出した。
= Fin =