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突然の申し出に鈴子はただただ目を丸くして目の前の相手の顔を見つめるしかできなかった。
「聞いてる?鈴ちゃん」
親しげに名を呼ぶ相手は、鈴子には見慣れた相手だ。
でも、今は知らない人のようにも見える。
「僕の言ったこと、わかるかな?」
年の離れた妹が二人もいる彼は、基本、鈴子にも優しい。
「わかるわ。でも、どうして」
目の前で跪く河内の目を真っ直ぐ見ながら、鈴子は答えた。
「どうしてって、さっきも言ったんだけどなあ」
そう言いながらも嫌な顔せずもう一度鈴子に説明しようとする。鈴子の想い人同様、彼もとても優しい。
「僕ともそこそこ釣り合いの取れる相手で、小鬼たちに気に入られ、僕も好きになれる相手を探したら、灯台下暗し。君がいるなって気づいたんだ。君にもいい話だと思うんだ。僕と一緒になれば食うには困らないし、小鬼たちとも頻繁に会える。もちろん、君のお兄さんともね」
「でも、私は!」
思わず鈴子は声を上げた。
彼も知っているはずなのだ。鈴子が誰を好きなのかを。ずっと誰を思い続けてきているのかを。
「うん、知ってるよ。でも、ずっとこのままでいいのかい?僕は津軽をよく知ってる。どれだけ君があいつを思っても、あいつは動きはしないよ。それでも、君はまだこれからも待ち続けるのかい」
そう言われて鈴子は俯いた。
言われるとおり、鈴子がどれだけ待っても、彼は変わりはしなかった。正直、少し、ほんの少し疲れた。
「でも、私、それでも好きなの」
誰が、とは言えなかった。名前を言えば泣いてしまいそうだった。
そんな鈴子を河内はそっと抱きしめた。
「わかってるよ。それでもいいから、僕と結婚してくれないかい?君と一緒になったら、僕は一生君だけを愛すると誓うよ。君が生涯誰を好きでも、ね」
幼い頃から彼のことを知っているからだろうか。抱きしめられてもそれほど嫌ではなかった。
「そんなの、幸せになれないわ」
私も、河内も。小さくそう呟いた。
鈴子の大きな瞳からぽとりと涙が零れた。
「うん。そうかもしれない。でも、いいよ。これ以上、そんな君を見ていられないし。僕も正直、これ以上離婚をしたくないんだ」
はははと笑って鈴子の気持ちを少しでも軽くしようとする。それが、河内だ。
「4回目の離婚になるかもしれないわ」
「ははは。言うねえ、鈴ちゃんは。ま、そうならないように努力するよ。小鬼たちも怖いしね」
どこまで本気なのだろう。
彼のことを知っていた気がするのに、聡明な鈴子でも今はよくわからない。
「返事は急がないよ。ゆっくり考えて。君のこと、津軽のこと、そして、僕のことをね」
そうして来たときと同じように、仕立てのいい上質なスーツに帽子を被り、河内は部屋を出て行った。
= Fin =