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Cool Box  - 明治緋色綺譚 -

私を海に連れてって =津軽と鈴子の場合=

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「何見てるの?」

突然声をかけられて、鈴子はびくりと体を震わせた。

「つ、津軽!べ、別に、何も」

鈴子は見ていた婦人誌のページをさっと閉じた。

「へぇ。そんなの見るんだ」

そう言って津軽は彼女の背後に置かれた雑誌をひょいと手に取った。そうしてそのまま、へぇとかふぅんとか言いながらぱらぱらとページをめくって見ていく。鈴子はドキドキしながらその様子を見守っていた。
折り目をつけないように見てたから、どのページを見てたかわからないはず。そう思っていたが、津軽はいとも簡単に鈴子が見ていた特集のページに辿り着いた。

「ああ、もう夏だからね。それで海辺の特集なんだ」

そう言いながらぱらぱらとページを開いていく。
そうよ、特集になってるからよ。と鈴子が思い込もうとしていた矢先、先程まで真剣に見ていたページを開いた途端、紙を捲る津軽の手の動きが止まった。

「海、行ってみたいの?」

きっともう、津軽にはばれてる。
鈴子は隠そうとするのをやめた。

「そういうわけじゃないの。見たことないから」

幼少時代、といっても鈴子はまだ子供だが、ここに来るまでの鈴子に海など見た記憶はなかった。
津軽は「ふうん」と言いながら顎に手をやり何か考え込んでいる様子で、しばらくそのページを見ていた。

「じゃ、行ってみる?海」

突然の提案に鈴子はただ驚いた。

「えっ?そんな。海ってそんなにすぐ見れるものなの?」
「うん。ただ見るだけならね。泳いだりするのは少し早いかもしれないけど」
「お、泳ぐ?」
「そう。あー、海を見たことがないなら泳ぐってこともわからないよね」

犬が川で泳いでいるのとは何か違うのかしらと鈴子が考えていると、津軽が「よし」と言って開いていたページをぱたりと閉じた。

「来月早々に海に行ってみようか。君が嫌じゃないなら泳いでもいいし。どう?」

津軽が笑顔を浮かべて鈴子を覗き込む。
そうされると何だか試されているような気がして、鈴子は受けて立とうと思ってしまう。

「行くわ」

真っ直ぐな鈴子の強い瞳に、津軽は楽しそうに優しく微笑んだ。





= Fin =



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