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「僕はおまえの気持ちを訊いてんだよ!」
河内に言われてから藤島津軽はずっと考えていた。
それまで忙しさを理由にそのことについて考えなかったことに改めて気がついたのもその時だったのかもしれない。
そのことに気がついてから、むやみに家の中が広く感じられ、やたらと彼女の残影が見えるようになった。時には自分を呼ぶ声まで聞こえるから始末に負えない。
馬鹿な。あの子はお兄さんのもとに行ったんじゃないか。ここにはいないんだ。
長い溜め息とともに頭を振る。それでもぽっかり空いた空間はどうやっても埋めようがない。
白い息を吐きながら庭に出る。彼女が拾ってきたシロという名の犬が、無邪気な顔をして駆け寄ってくる。そして彼の前にちょこんとお座りしたかと思うと、背の高い彼を一生懸命見上げて小さく鳴いた。
「ああ、おまえも淋しいのか…」
そう声に出して彼はやっと気がついた。
彼女が、鈴子がいないことが、こんなにも淋しいことだということに。
それから彼はそれまで後回しにしていた疑問に取り掛かる。食べることも寝ることさえも惜しんで。
惜しむ、というのは正しい表現ではないかもしれない。なぜなら彼にとってそんなことはどうでもよいことだったから。ただ、彼女の最後に見せた泣き顔が、彼の脳裏に焼きついて離れない。
『助手にするって言ってたくせに』
大きな黒い瞳に零れ落ちそうなほど涙をいっぱい溜めて、必死で何かを堪えながらそれだけを訴えた彼女。小さな両手で己の着物をくしゃくしゃになるほど握りしめていた。
ああ、私が泣かせたのか
気がついたところで後の祭りだ。
彼は手で覆われて傍からは見えない唇をぎゅっと噛んだ。
泣かせて零させた涙は受け止められなかった。なら、どうする。
彼は考える。自分の気持ちを。自分はどうしたいのかを。
そんな時、彼の名を知った声が呼んだ。
迎えに行こう。あの子を。そばにいて欲しいから。
「泣かせたおわびはなにがいいだろう?」
許してくれないかもしれない。でも、迎えに行こう。
君に逢いたいから。
= Fin =