Page: 1/1
|
「そうではありませんわ!」
「そうですわ!大人になった鈴子さまのことですわ」
河内家の小さな天使たち(河内に言わせれば小悪魔になるが)が、津軽に向かって詰め寄る。
「大人になった、ねぇ」
片手を顎にやり、津軽はじっと鈴子を見つめた。
その真剣な眼差しに双子たちはキャーキャーと騒ぎたち、鈴子は口をあわあわさせながら顔を真っ赤にした。
津軽の頭の中で、目の前の少女が少しずつ成長していく。大きな瞳、黒い艶やかな髪はそのままに、輪郭の丸みが取れ、表情豊かな口元には女性らしく紅が引かれ…。
「津軽!鈴ちゃんが困ってるよ」
不意に耳に飛び込んできた河内の言葉に、津軽はそれまでの想像を手放し、目の前の現実に戻ってきた。
気づくと後わずか拳一つ分ほどの空間の向こうに鈴子の顔があった。目の前の鈴子は、これ以上染まりようもないほど顔を赤くし、大きな瞳がこぼれ落ちてしまいそうなほど目を開いて津軽を見ていた。
そこでやっと、津軽は自分が不用意なほど鈴子に近づきすぎていたことがわかった。
「ああ。ごめん、ごめん。大人になっていく君を想像していたら近づきすぎちゃったみたいだ」
本当にごめんよ、と謝りながら津軽が離れても、鈴子は顔を赤くし目を見開いたまま微動だにしない。心配した津軽が目の前で手を振ろうが全く反応がない。
いよいよ心配になり、津軽が手を伸ばして鈴子に触れようとした途端、まるで磁石が反発しあったかのような勢いで鈴子がざっと後ろに下がった。
「あ…、あ、あ…」
「大丈夫かい?」
そう言いながら手を伸ばそうとした津軽だったが、彼の手が近づき触れるまで近くに来た寸前で、鈴子は「外に行ってくる!」と脱兎のごとくその場を飛び出していった。
その後を双子たちが「わっ、私たちも外に行ってきますわっ!」と顔を赤くして出て行ってしまうと、部屋には行き場のない手をそのままに動けない津軽と、呆れ顔の河内だけが残った。
「あー、津軽。今のはお前が悪いと思うよ」
河内の言葉に、津軽はどうしてとばかりに不思議そうな顔をした。
鈴子の乙女としての気持ちも、津軽の無自覚な性格も、どちらもよくわかっている河内は「はああ~」と大きな溜息をついた。
「いや、だから。鈴ちゃんは女の子だし。でもってお前は男だし。あれはどう見たってまずいと思うよ」
「まずい?心配して熱を見ようとしたことがかい?」
津軽の言葉に河内はがくっと肩を落とした。
「いや、それじゃなくて、その前の…」
河内は途中でいうのを諦めた。目の前の男はほんっとうに何にも気づいてないような様子だし、かといって鈴子の気持ちをわざわざ伝えるのも野暮というものだ。
河内は津軽を見ながら心の中で鈴子にエールを送るのだった。
= Fin =