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「おまえさあ。少しは気づいたほうがいいと思うよ」
河内は突然、津軽に切り出した。
河内が言っているのは鈴子の津軽に対する気持ちのことだ。あんなに健気なのに、この目の前の朴念仁は何一つ気づいていないようなのだ。
「一体なんだい?いきなりお前に言われる覚えはないけどな」
僅かにむっとした感じで、津軽は河内にそう言い放った。
普段ならどちらかというと言われっぱなしの河内だが、こと女性関係にだけはこの朴念仁に言われたくはない。
「いや。これに関してだけは言わせてもらう。お前には女性の気持ちがわかってない!」
「はあ?何のことだい?」
突然言われたのが女性の気持ちだったので、津軽は少し気勢がそがれた。
しかし、河内の方はどんどんヒートアップしているようで、言葉に少しずつ力がこもり出した。
「それだよ。どうして他のことには長けてるのに、女性のことになると一切感が働かないのかなあ。そうだよ。お前は昔からそうだったよ。確かに、女性にはうちの小悪魔たちみたいに厄介な部分もあるにはあるけど、もっとこう、優しくて柔らかくて気持ちのいいもんなんだよ。それを…」
はい、はいと、適当に相槌を打ちながら、津軽は目の前の小さな箱を手に取った。
そっと蓋を開くと、そこには櫛が一つ納まっていた。
それは彼が彼女のためにと、ふと思いついて買った櫛だ。
どうしてだろう。どんな状況にあってもゆるぎない真っ直ぐな彼女の瞳を見ていると、すぐそばにいてその先を自分も見てみたいと思う。そして、彼女の瞳の先が少しでも明るいものであるようにと、翳らすものから守ってやりたいと思ってしまう。
『幸せになるわ』
そう言った彼女の強い瞳が忘れられない。
「津軽!聞いてるのかい」
返事のなくなった津軽に業を煮やして河内が声をかけた。
思考を止められた津軽は、あいも変わらず軽い調子で「もちろん、聞いてるよ」と答えながら、箱の蓋をそっと閉じた。
= Fin =