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津軽は思い出していた。初めて出逢った日のことを。
「そうか」
「何?」
呟きが声に出ていたらしい。
隣にいた河内が問いかけてきた。
「いや、ね。ちょっと思い返してて」
「何のことをだい?」
「うん。あの子と初めて逢った日のことを、ね」
「ああ」
津軽と付き合いの長い河内には『あの子』が誰を指すのか一目瞭然だ。
「それで、どうしたの?」
「思い返してみるとね、初めて会ったあの時、私はあの子の瞳に魅せられたんだなあって思ってね」
「えっ?そんな最初なの?」
「うん。思い返すとね、そこからかなあって」
しみじみという津軽に、河内ははあっとこれ見よがしに大きな溜息をついて見せた。
「いや、まあ、いいんだけどね」
「なんだい?言いたいことがあるならいってごらんよ」
誰に対しても平常心を崩さない津軽だが、気心の知れた人間にだけ、今のようにあからさまに不機嫌な態度を取るときがある。
「それじゃあ、言うけどさ」
「なんだい」
「それ、あまり言わないほうがいいと思うよ」
「は?どういうことだい?」
「今くらいの年の時なら、まあ、理解されるだろうけど。あの頃は誰がどう見たって子供だったからね。津軽の嗜好を色々詮索されると思うよ。僕は津軽を知ってるからいいけどね」
言われて津軽は呆れ顔で河内を見た。
「何を馬鹿なことを。お前だけだよ、そんな風に勘ぐるのは」
津軽からしてみれば馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
しかし、河内はもう一度、これ見よがしにはあっと大きな溜息をついた。
「こと、女性や色恋に関しては津軽に言われたくないね。普通はそういうもんだよ。ここは僕の言うとおりにして、あまり言わないこと。鈴ちゃんにも余計な迷惑が掛かるからね」
鈴子の名前が出ると、津軽はむっとしつつも口をつぐんだ。
「二人を見てた人はちゃんとわかってるよ。だからさ、ちゃんと幸せにしてあげなよね」
年の離れた妹を二人持つ河内にとって、鈴子は自身の妹と同じようなものだ。幼い頃からいろんなことがあった彼女を兄心で思うからこそ、必ず幸せになって欲しい。
河内の本心に気づいた津軽は、真剣な顔つきで長年の友人を見た。
「わかってるよ。あの子の涙は私だって辛いからね」
何度泣かしてしまっただろう。
そんなつもりはなかったのだが、結果的にそうなってしまった数々の出来事を思い出し、津軽の胸はずきずきと痛んだ。
「さ、行こう。津軽。鈴ちゃんが待ってるよ」
「ああ。そうだね」
人生はわからない。まさか、こうなるとは思ってはいなかった。
でも、振り返ると、すべてがここへ、そしてこの先へと続くためだったのかもしれないと、今日この日を迎えて津軽は思った。
= Fin =