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「茜!葵!風呂、入るぞー」
名前を呼ばれた小さな双子が、部屋の奥からパタパタと足音を立てて走ってきた。
「オフロー」
「はいるー」
雄叫びを上げながら走ってくる双子を、自分に激突する前に素早くキャッチし、二人を抱えたまま松永政二は脱衣所の扉を器用に開けた。
「ほら、葵。ばんざいしろ」
「せーたん。あたま、でないー」
「ちょっと待ってろ、茜」
「ばんざい、したー」
「よーし、そのままでいろよ。よしっと。いいぞ、葵」
「はーやーくー」
「待てって。うわっ、ちょっ、葵!パンツは脱げって!」
「せーたん。ふね、どこぉ」
「船は後で持ってきてやるから、先にパンツ脱げ!わっ!茜!動くなっ!」
「まえ、みえないー」
「ふねはぁー」
「だあーっ!二人ともじっとしてろっ!」
とても愛くるしい天使のような双子が、政二には時々小さな悪魔に見えて仕方がない。こんな時は二人の子供を置いて行方をくらましてしまった兄に文句の一つや二つ言いたくなってしまう。しかし、そんな文言を思い浮かべる間もなく、次々と繰り出される双子の行動に振り回されるのであった。
そうこうしながら、なんとか双子と湯に浸かることが出来た時、政二は思わず盛大な溜息を一つついた。
「はぁ~~~~~。中村さんがいればなぁ」
仕事を抱えての子育ては難しい。テレビ局のアナウンサーという仕事は、出勤日時もさまざまで、二人の幼い子供たちに合わせるのは容易ではない。兄の子供なのだから、独身の政二が無理して子供の面倒を見ることもないのだ。どこかの施設に預けて時間のあるときに様子を見に行くようにしても、誰も何も言わないだろう。
でも、それでも、政二は双子を引き取り、二人を育てていくことにしたのだ。それは誰より何より、二人の幼い子供たちのためだった。
何とかやれると思っていた。何とかやっていくつもりだった。しかし、人間、限界というものがある。政二だって人間だ。己に限界を感じ、そして救いを求めた。それが、16歳の女神、中村詩春だった。
まったく一体どうやっているのか、彼女はその微笑み一つで小悪魔たちを元の愛らしい天使に変えてしまう。その手腕には年下といえども尊敬に値する。
政二の口から彼女の名前が出たことで、水面に思い思いのおもちゃを浮かべて遊んでいた双子が色めきたった。子供達も彼女のことが大好きなのだ。
「しはるたん?」
「くるの?」
「いや、来ないよ。それに…」
今日も保育所で会っただろう、とは言わなかった。大好きな彼女とずっと一緒にいたい二人に、数時間前に会ったのだから我慢しろと言い聞かせても聞き分けられるわけもない。
思わず呟いてしまったことを政二が後悔し始めたとき、茜が、じっと、政二の胸元を凝視しているのに気づいた。
「どうした?茜」
名前を呼ばれても政二の胸元を見据えたまま動かない。いぶかしんでいると、茜が小さな手を不意に政二の胸へと押し当てた。
「な、なんだ?」
「ない」
「何が…」
「どーしてせーたんにはおっぱいがないの?」
「は?」
茜の言葉を聞いて、葵もずっと手にしていた船のおもちゃから手を離し、同じように自分の小さな手を政二の胸へと押し当てた。
「おっぱいない。どして?」
「ど、どしてって」
「しはるたんはおっぱいあった」
「あおもみたー。しはるたんのおっぱい」
中村さんの、おっ…。
ばっ!それはダメだろ!俺!!!
想像しかけた自分の頭を大きく振って、政二はリアルになりつつある妄想を振り払った。
そんな政二の気持ちなど知りもせず、双子はさらなる爆弾を投下した。
「でもしはるたんにはおちんちんなかった」
「あかねとおんなじー。おちんちんないのー」
「あおとせーたんはいっしょー」
知らないということは無邪気で恐ろしい。
逆に知っているということは甘美で有毒だ。
湯船の中に沈みながら、政二は身をもってそれを思い知った。
= Fin =