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Cool Box  - Pure -

とくべつなゴキブリ

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オイラは人間世界で『ゴキブリ』と言われて嫌われている生き物だ。毎日、仲間たちと人の寝静まった頃を見計らって台所へとおもむき、食べ残しや落ちている食べ物のくずに群がる。人の仕掛けた罠や毒の雨の攻撃をいかにうまくかわすかを考えながら。

そうやって生きていくはずだと思っていた。ついさっきまでは。





「しまったっ!」

うまそうな匂いにつられて足を踏み入れた先。それは、人の仕掛けた罠だった。足を動かそうとしても、地面にしっかり張り付いてちっとも動きゃしない。目の前で極上の匂いを放っているものは、ここから見てもとても食べられるものじゃないとわかる。

失敗したと思っても後のまつり。仲間たちはそんなオイラを見てすでに逃げ出していた。

こうなってしまってはもうどうしようもない。オイラはこのせまい空間の中で後の短い時間を送るしかなかった。

動かない体で目だけをくるくる動かすと、他にも影が見える。目を凝らしてよく見ると、あれは仲間の姿じゃないか!

「おい!大丈夫か?オイラもやられちゃったよ。すっごくうまそうな匂いだったしさ。おいってば!聞いてるかい?」

いくら話し掛けてみても答えてくれやしない。そりゃそうさ、やつはもう死んでるんだから。

「おなか減ったな…」

さっきからうまそうな匂いだけがしているせいで、おなかがきゅるきゅるいっている。目の前に浮かぶのはさっき食べたごちそうの姿。あの魚の骨にまだ少し身がついてたよなぁ。こんなことになるなら、きれいに食べときゃよかったよ。

幻影に舌なめずりしながらオイラは目を閉じた。死んでしまった仲間の姿を見るより、夢の中でうまそうな食べ物を見ているほうがましだ。
ハンバーグのソースにパンのくずやチョコレートのかけら。おっと!夢なんだから残り物じゃなくてもいいんだよな。

できたてのハンバーグに、ほかほかのパン、おっきなあま~いチョコレート…んっ!?

ぐらぐらぐらっ!

凄まじい衝撃とともに夢の中の食べ物は崩れ去ってしまった。

がたんっ!

第2の衝撃の後に目も眩むほどのまぶしい光。目を閉じたままでも光は目の中に飛び込んでくる。オイラはさらに強く目をつぶった。

「きゃーっ!何これー!」

人間が何か騒いでいるらしい。あいつらはいつもそうだ。オイラたちの姿を見ただけで騒ぎ出すんだ。

「見て!このゴキブリ、虹色よっ!」
「どれどれ。あっ!ほんとだ!」
「これって、すごいんじゃないの?」
「でも、ほんとにゴキブリか?」
「調べてもらえばわかるんじゃない?」

人間たちの騒ぎ方が何だかいつもと違う気がする。オイラは薄目を開けて見てみた。どうもオイラのことを言っているみたいだ。なんだよ!やるなら早くやってくれ!覚悟はできてるんだ!

しかし、そんなオイラの覚悟はまったく意味がなかった。





その後は信じられないことの連続だった。

あれからオイラはあの騒がしい人間たちから真っ白い服の人間に渡され、べちゃべちゃひっつく床から丁寧にはがされたかと思うと、透明な箱の中にそっと入れられた。その箱の中には夢で見たハンバーグやパンやチョコレートほどではないが、それなりにおいしい食べ物が入れられ、白い寝床まで用意されていた。明るさが少し気になったが、それも黒いシートをかけてくれたおかげですぐに解消された。

一体どうしたということだろう?仲間たちからもこんな話は聞いたことがない。オイラはすっかり混乱していた。

そうか!これは夢なんだ!オイラはもう死んじゃったんだ。なら、たらふく食べてふかふかの寝床で寝るとしよう。こんな夢を見られるなら、死ぬのも悪くないや。





その考えは間違っていた。あのまま死んでいた方がいくらかましだったとオイラが気づいたときは遅かった。

目覚めたオイラに待っていたのは、聞いたことなく想像もできないようなことばっかりだった。

でっかい針が何度もオイラを襲い、オイラから体力を奪っていく。毒の雨ならぬ毒の海につけられ、体がしびれる。いつもならオイラたちを見て騒ぎ出す人間たちが、オイラの姿をみて溜め息をついたかと思うとおもむろにつつきまわす。

一体何がどうしたというのだろう。死んでからみる夢にしては、疲れも痛みもリアルすぎる。

そのうちオイラは気づいたことがあった。人間たちがオイラを見てしきりに言う言葉。

『にじいろ』

それが何を意味するかはわからないが、それがどうも特別な意味を持つらしい。

そういえば、小さいとき母さんに「みんなとなんだか体の光りぐあいが違う」って心配されたことがあるけど、それのことなのだろうか。

それからしばらくして、オイラの透明な家にかわいこちゃんが入ってきた。人間にいじりまわされて疲れきっていたオイラには嬉しい出来事だった。
彼女は最初オイラのように戸惑っていたけど、次第に慣れてきたらしい。外の様子を色々教えてくれた。

ここではオイラたち『ゴキブリ』はみんな透明な家に住んでいるらしい。食べ物はいつも決まった時間に人間が運んできてくれるそうだ。そして、時々、仲間たちが何匹か外に連れて行かれる。そいつらは帰ってこないそうだが、外の世界が良すぎて帰らないのだとみんなは思っているらしい。そして、外に出ることがみんなの願いらしいことも。

その中でもオイラのことは『とくべつ』だと噂になっているらしい。たった1匹だけで透明の家を与えられていることももちろんだが、人間のオイラに対する扱いが違うそうだ。オイラはちっともそうは思わないけど。

オイラと彼女はすぐに仲良くなった。一緒に食事をし、同じ寝床で横になった。その頃には、なぜだか人間たちはオイラを見ていることはあっても、針を刺したりつついたりしなくなった。





それから数日後、オイラと彼女の間に子供たちができた。彼女はとても喜んでいたが、オイラは驚いていた。子供たちの体の光り方が何だかおかしいのだ。

彼女にそれを言うと、「あら、あなただってそうじゃないの」と当たり前のように言われた。オイラは不安になった。人間たちがしきりに言っていた『にじいろ』とは、もしかしてこのことじゃないのだろうか。

オイラは彼女にすべてを伝えた。そして、この『とくべつ』な透明な家から逃げることにした。オイラが先頭でその後ろが子供たち、最後が彼女。どんな壁でも楽に登れるはずの足が、このつるつるした透明の壁にはまったく歯が立たなかった。

オイラは考えた。せめて彼女と子供たちだけでも逃がしてやりたい。幸い、人間たちは子供の存在に気がついてはない。オイラはとりあえず、寝床の下に子供たちを隠すことにした。





「さーて、『にじいろ』くんは今日も元気かなぁ」

陽気な声とともに黒いシーツがはずされる。この声はいつも食事を入れてくれる人間のものだ。オイラは家のど真ん中でひっくり返っていた。

「う、うわぁ!にじいろくんが!」

人間は驚いてひっくり返っているおいらを手に取った。

(いまだっ!)

オイラはすぐさま飛び起きて、人間の袖口から中に入り走り回った。

「わ、わぁっ!!!」

がちゃーんっ!
オイラはがむしゃらに走り回った。暴れまわる人間の体の上を。が、それもむなしく、また人間の手の中に収まっていた。

「ったく!」

人間の手の中から何とか下を覗くと、彼女と子供たちが部屋の隅をめがけて走っていくのが見えた。

「あーあ。教授に怒られるよ」

人間が何か言っているが、オイラは満足だった。少なくとも子供たちはこんな目に遭うことはないだろうから。





それからオイラはまた、新しい『とくべつ』な透明の家に戻された。その家には新しい彼女もいたが、今度は子供は作らなかった。

死んでからもオイラは特別だった。オイラの体はきれいな入れ物に入れて飾られた。そして『とくべつ』なのだと今でもしきりに騒がれている。





でも、みんな知ってるかい?オイラはただのゴキブリなんだってこと。





= Fin =



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