Page: 1/1
|
どこもかしこもとっくの昔に春は過ぎてしまったというのに、その山のがけっぷちに春一番の風が吹いたのは昨日のことでした。そのおかげか、今朝の太陽はとってもあったかく感じます。道端のタンポポも花をつけるために昨日よりも幾分首が長くなったように見えましたし、急な曲がり道に立っているオレンジ色のカーブミラーに伸びていたひげのように長いつららも、今日はどこにも見当たりませんでした。
やっと春めいてきたそんなある朝、どこからか1羽のすずめがやってきました。すずめはしばらく気持ちよさそうにあたりを飛んでいましたが、ふと思いついたようにカーブミラーの前にやってきました。
「ん?君は誰?」
すずめは目の前で同じように羽ばたいているすずめに話しかけました。でも、いくら待っても返事を返してくれません。
「僕はちきりっていうんだ。よろしく」
ちきりはにっこり笑って話しかけてみましたが、やっぱり目の前のすずめはにっこり微笑んだだけで返事を返してはくれませんでした。
「君ってとってもきれいな羽根をしているね。僕も羽が自慢なんだ。仲間に羨ましがられるくらいなんだ」
そう話しかけると、目の前のすずめもちきりの羽を熱心に見ているようでした。
「君の羽はつやつやしててとってもきれいだね。君みたいに美しい羽を持ったひとは他には見たことがないよ」
するとほめられて気をよくしたのか、にっこり微笑み返してくれました。改めて目の前のすずめの羽を見ると、朝日を浴びてつやつやと輝いて見えました。
「ほんとうにとってもきれいだね。僕の仲間にだって君みたいな美しい羽を持っているひとなんていないよ」
つぶらな瞳が真っ直ぐに自分を見ていることに気づいたちきりは、なんだか心臓がどきどきしてきました。
「ねぇ、君はどこから来たの?僕は東のほうから来たんだ。一人でこんな遠くまで来るなんて初めてだったんだけど、君みたいなきれいなひとにあえてよかったな」
伏目がちに相手をのぞき見ると、向こうも同じように伏目がちにちきりを見ていました。
「あの、よかったら僕と友達になってくれないかな。それでもって、いつかは僕と結婚なんてことも・・・。あ、もちろんそんなことは今すぐでなくてもいいんだけど。とりあえず、友達になってもっとよくお互いのことを知ることができればいいなと思ったんだ。どうかな?」
相手の返事を聞こうと顔を上げようとしたそのとき、遠くからちきりを呼ぶ仲間の声がしました。
「おーい。ちきりー」
「そろそろいかなくちゃ。明日またここに来るから、そのときに返事を聞かせて!」
ちきりは恥ずかしそうに顔を伏せたまま飛び去っていきました。
「ふう。やっといったよ」
それまで黙っていたカーブミラーがぽつりとつぶやきました。
「あのちきりというすずめは私に映った自分に一生懸命に話しかけていたけど、鏡というものを知らなかったんだろうか?」
すると、同じく黙って成り行きを見ていた足元のタンポポがそれに答えました。
「春一番がやってくるとその陽気に当てられることがたまにあるのさ。大丈夫だよ。明日になれば今日のことなんて忘れてしまうさ」
それを聞いたカーブミラーはほっとしたようにきらりと朝日をはね返しました。
= Fin =