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Cool Box  - Pure -

結婚行進曲

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「だぁーっ!!!」

俺はイラつきながら頭をかきむしった。何度見てもどこが悪いのかわからない。俺の作ったシステムの何が悪いというんだ!今日だけは早く帰るつもりだったのに…。

会社の窓から見える東京タワーに美奈の顔が重なる。今日は美奈の誕生日。俺は今日こそ胸ポケットのこいつを渡すつもりでいた。だが現実は、たった一人で納期の差し迫ったシステムの修復に追われ家にも帰れない状況が何日も続いていた。誰か他のやつに任せて帰ればいい。そう言うやつもいるだろう。しかし、主任という立場上そういう訳にもいかないのが『中間管理職』の悲しい現実だ。

「何が悪いんだよ!言ってみやがれ!このパソコンめっ!!!」

悪態つきながらエンターキーを叩く。が、結果は今までと同じ。ディスプレイには延々とエラーメッセージが表示され続ける。時計の針は22時を過ぎていた。

「あんさん。それではいつまでたっても終わりまへんわ。」

機械的な、しかしりゅうちょうな関西弁がどこからともなく聞こえてきた。
幻聴か!?俺は1週間以上洗っていない頭を振り、ぐちゃぐちゃの机の上にフケをまき散らした。

「わてはここでっせ。あんさんの目の前でんがな。」

目の前!?俺の目の前には使い慣れたキーボードとマウス、それにディスプレイしか映らないが…。

「そうそう。それですわ。もっと詳しゅういうたら頭はあんさんの足元ですけどな。」

なっ!?まさか、俺の机の下にあるパソコンがしゃべっているのか?

あまりの気味悪さに椅子ごと後ろに飛び跳ねる。が、すぐ後ろの同僚の机に邪魔されてそれ以上逃げることは叶わなかった。

「まぁまぁ、落ち着きなはれ。あんさんがあまりにも気の毒やさかい、お手伝いしたろ思いましてな。」

俺の使い慣れたパソコンが言うには、連日の俺の仕事ぶりがあまりにも気の毒で見ていられないらしく、長年(とはいっても3年程度だが)使ってもらったお礼に手伝ってやろうと、そういうことらしいのだ。

あまりにも現実離れしている。夢かもしれない。それとも、悪魔のささやきか?

恐怖で頭が混乱する。しかし、それ以上に俺はこの仕事を終わらせたかった。今日中に美奈に逢いに行かなければならなかった。

時計の針は23時になろうとしていた。

「…よ、よし。それじゃあ、て、手伝ってくれ!」

不気味さを振り払うように俺は力強く言った。その言葉を待っていたかのように、ディスプレイにたくさんのウィンドウが次々と立ち上がる。

「まずここですわ。わかりまっか?23行目。ここで代入されている値がでんな、ある条件のときに変わってしまいますねん。それがまた他のとこでも悪さしよってな。ほれ、ここでんがな。この17行目。ここでも値が変わってしまいますねん。」

説明と同時にディスプレイのウィンドウも次々に切り替わっていく。

あっという間にこの数ヶ月悩んでいたすべての問題が解決していた。

「あ、ありがとう…。助かったよ…。」

安堵感とえもいわれぬ達成感に酔いしれながら何気なしに目の前の時計を見た。針は23時57分をさしていた。

「せや!言うの忘れてましたわ。おせっかいや思うたんですけど、そろそろお目当ての人から電話がかかってくるころやと思いまっせ。わてがメールで連絡したさかいに。うまいことやりなや!ほな、さいなら。」

その言葉が終わるやいなや、俺の携帯が鳴り出した。美奈だ!

「仕事中、ごめんね…。」

電話の向こうでうつむき加減でしゃべる姿が目に浮かぶ。
俺はずっと胸ポケットにしまい込んでいた『給料3ヶ月分』を手に取り握り締めた。

「美奈、結婚しよう。」

小さく息を呑む音。その後、涙声ながらはっきりした「はい!」の返事。

それを聞いてガッツポーズをした俺の耳に、パソコンから祝福の『結婚行進曲』が聞こえてきた。時計の針は24時をさそうとしていた。





= Fin =



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