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ある晴れた日の午後。ここ、薔薇色(ローズ・カラーズ)では二人の少女が客のいないこの時間をそれぞれ有効に活用していた。薔薇色の女主人であるクリスティン・パレスは店のカーテンの裾に施された刺繍を新しいものにするため、手馴れた手つきで針を布に滑らせていた。売り子のパメラ・オースティンは溜まっていた店の帳簿をまとめるためにペンを走らせていた。
そんな折、通りの向こうから聞きなれた車の排気音が響いてきた。この小さな街で車を乗り回す人間といえば一人しかいない。
車は薔薇色の前で停まった。クリスの手が止まる。
しばらくすると、店の扉が開き、爽やかな風と共に一人の若い男が入ってきた。長身に引き締まった体の上には上質のグレーのフロックコートと水色のクラヴァット、上着と同色の帽子を被り、そこからこぼれる少し長めの髪は艶やかに黒く、髪の隙間から覗く瞳ははしばみ色をしていた。
「やあ」
「いらっしゃいませ、シャーロック様」
椅子から立ち上がったクリスは、目の前で軽く右手を挙げて挨拶した男に向かってほんのり頬を染めながら挨拶した。
はにかむクリスを見て、この男を取り巻いていた硬く冷たい空気がふわっと緩む。
シャーロック・ハクニール侯爵(父は公爵であり、長男である彼はいずれその跡を継ぐ定めとなっている)は、巷の評判『氷の男』というイメージとはかけ離れた雰囲気を、この緑の瞳を持った小さな少女の前では見せる。
「いらっしゃい、シャーロック。飲み物を用意するわ。コーヒーでいいかしら?」
「ああ、頼む」
久しぶりの逢瀬である二人の邪魔にならないよう気を使いながら、パメラは奥にある厨房へと姿を消した。