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ロンドンの自室にある広い机の上に、シャーロックはたくさんの写真を広げていた。
それらの写真はオブシディアンズの家から持ってきたもので、どれにもどこかしらに自分が写りこんでいる。写した年齢も場所もさまざまな写真の自分を見ることもそうそうない。見るとすれば、母か妹の部屋に飾ってある家族の写真だけだ。
写真と言うものが嫌いというわけではない。時間を切り取ったような精巧な絵は、まるで過去を拾ってきたかのようでとても不思議だ。何より、写真を撮るためのあの機械が面白い。一度あれを自分で作ってみたい、自分で何かを写してみたい、とは思うものの、自分という被写体には興味がないだけだ。
なら、なぜ、こんなにも自分の写真を用意しているのか。それはひとえにクリスのためだった。
どうやら女性というものは家族や恋人の写真を部屋に飾りたいものらしい。母や妹の部屋には写真の入ったフレームが置ける場所ならどこでも所狭しと置かれていた。招待された貴族の令嬢の部屋も似たようなものだった。だから、クリスも自分の写真が欲しいに違いないと思ったのだ。
クリスだって毎日でも俺に逢いたいはずだ。
一度、クリスに写真について聞いてみたことがある。労働者階級なのであまり写真になじみがないせいか、それほど興味を示さなかったが、実際に見れば違うかもしれない。
と、そこで思い出した。初めの頃に妹の様子を伝えるために自分も写りこんだ写真を見せたことがあった。ただ、あれは今の『氷の男』というイメージとは程遠い学生の頃の自分ではあったが。
そう思って机の上の写真を見渡すと、どれもこれもかなり昔の自分ばかりだった。そういえば、社交界にでてからというもの、新聞に載ったことはあれどもプライベートで写真を撮ることなどなかったことに思い当たった。
クリスは昔の俺を見たいだろうか。それとも、今の俺のほうが…。
シャーロックは机の上に広げられた自分の写真をしばらく見ていたが、やがてそれらを一つにまとめだした。
今度クリスと逢うときに二人で写真を撮ろう。その後、写真を入れるためのフレームを買いに行こう。夜も時間が取れるなら食事をしてもいいし。
シャーロックの頭の中に今度クリスと逢ったときの予定が矢継ぎ早に立てられていく。まとめた写真を引き出しの中に仕舞い込むと、同じ引き出しの中にあった便箋を一枚取り、書きなれた言葉を連ねた。
親愛なるクリスティン・パレス嬢
今度ゆっくりと時間が取れたら、二人で写真を撮りに行きましょう。以前、あなたはあまり興味がないようでしたが、体験してみるとそうでもないことに気づくかもしれません。一人なら出来ないことも二人なら簡単に出来てしまうことも多いものです。(あなたの場合には特に私が一緒のほうが良いと思います。)その後、写真を入れるためのフレームを買いましょう。フレームに入れておくことで、部屋に飾れるようになります。もう少し時間が取れるなら、食事をとってもいいかもしれません。時間が許すならロンドンに泊まることも検討してください。こちらの屋敷には部屋はたくさんあります。
あなたの愛するシャーロック・ハクニール 拝
= Fin =