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Cool Box  - ヴィクトリアン・ローズ・テーラー -

女の子の内緒話

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彼女には悩みがあった。
行動的な彼女は悩むのが性に合わない。自分で行動してどうにか出来ることなら、率先して動く。しかし、こればかりはどうにもそういうわけにいかない。
小さな食卓に暖かい夕食を並べながら、目の前で静かに微笑む彼女に聞いてみることにした。

「ねえ、クリス。ちょっと聞いてもいいかしら」
「なあに、パメラ」

クリスはスープをすくおうとして握っていたスプーンの動きを止めて、パメラの次の言葉を待った。
パメラはさりげなさを装うために、肉を切り分けているナイフとフォークの動きはそのままに口を開いた。

「シャーロックと、キス、したことある?」

パメラは肉を切り分けながら、ちらりとクリスを覗き見た。
クリスはしばらく笑顔のままでしばらく動かずにいたが、少しずつパメラの言ったことの意味を理解したのだろう。見る見るうちに赤く染まっていった。

「な、パ、パメラ。そ、それは、どうして」
「…あるのね」

答えを聞かずにもわかる。パメラはクリスにわからぬよう、小さく溜息をついた。
いつもクリスを守ってきたつもりでいたパメラだが、どうやらこと恋愛に関しては彼女の方が一歩抜きん出ているらしい。ほんの少し淋しい気もしたが、それはおくびにも出さず、パメラは質問を続けた。

「いつもシャーロックから?」
「え、あ、うん。そう」

だんだん小さな声になりながらも、クリスはパメラの質問に頷いた。
パメラは端正な顔の青年貴族を脳裏に思い浮かべた。手が早そうだものね、と思ったが、それはクリスには言わないことにした。余計なことを言って彼女の悩みをこれ以上増やしたくはない。
それに比べ、と、パメラはいつも髪の毛のどこかが跳ねている、眼鏡の奥から優しい眼差しで見つめる青年医者を思い浮かべた。

「イアン先生と何かあったの?」

パメラが何も言わずにいると、クリスが心配そうな顔で覗き込んでいた。

「ど、どうしてそこでイアンの名前が出てくるのよ」

咄嗟にそう言ってはみたが、クリスはどうやらイアンとパメラが良い関係になってくれればと思っているらしい。人の心配をしている場合じゃないでしょ、といつもなら言っているところだが、今日のパメラはそんな余裕がなかった。

「特に意味はないの。ただ、そう思っただけ」

クリスは優しく微笑んでパメラを見つめた。
一見儚げで守ってやらなくちゃと思わせるが、実は一番芯がしっかりしていて強いのは彼女ではないかと、パメラは最近思い始めていた。

「特に何かあったというわけじゃないのよ。ただ、あんたたちはどうなのかな、と思って」

クリスは、どういう意味?、と問うように小さく首をかしげた。

「ほら、そういうことって本にも書いていないじゃない」
「そう、ね」

「英国淑女のたしなみ読本」に載っているのは、あくまで淑女としてどう振舞うかであって、キスの仕方だとかそういうことを書いているわけではない。
いっそ載っていればいいのに、とパメラは思うが、そういうことは載せられないのだろう。なら、淑女たちはどこでどうやってそういうことを知るのだろう。

「みんなどうやってるのかしら」
「え、何が?」

考えが口から出ていたらしい。パメラの小さな呟きにクリスが反応した。

「その、キスの仕方よ…」
「仕方?」

シャーロックのように手の早い男性なら(それでも彼なりに我慢しているのかもしれないが)女性がヤキモキすることもないだろうが、イアンのようなタイプが相手だといかんせん男女間の交友がスムーズにいかない。
『マリア』に居たときに色々みておけばよかったかしらと思うこともあるが、そうであったとしたら今のこの心地よい生活はありえなかったかもしれないと思うと、パメラの心には苦いものが湧き上がる。
そんなパメラに気づかない様子で、クリスは顔を真っ赤にしながら話し出した。

「仕方といっても、私、よく覚えてなくて。二人で話してて、気がつくと、シャーリーが近くにいて。シャーリーはとても優しくて、暖かくて。私、とても幸せで」

経験者の言葉は生々しい。聞いているパメラまで顔が赤くなってしまった。

「も、もう、いいわよ!私が知りたいのはそんなことじゃないから」
「え?」

シャーロック相手ならこちらが何もしなくても自然にそうなるのかもしれない。しかし、パメラの相手はあのイアンなのだ。

「その、なんていうのか、そういう雰囲気はどうやって作るのかと」

男性からの視線やあからさまな誘いにはうまく対応できるパメラだが、自分からとなるとどうやればいいのか皆目わからない。無理もない。彼女はまだ17歳なのだから。

「雰囲気?」
「そう。よくわからないけど、あるんでしょ。こう、して欲しいって空気みたいなの」
「し、して欲しいだなんて!」
「え?違うの?」
「そ、そんな、私、そんな雰囲気、作ったこと、ないと、思う」
「じゃあ、どうやってそんな風になるの?」
「え?どうって、わからない、わ」
「いつもどっちからなの?」
「ど、どっちからって」
「あるんでしょ?やり始めはこっちからっていうようなのが」
「え?そ、それは、シャーリーが…」
「はあ。やっぱ男からよねえ」

ここまで話すと、さすがのクリスもパメラの聞きたいことがわかってきた。

「あの、パメラ。イアン先生とは、そういうの、ないの?」
「え?あ、ど、どしてイアンが!」

再び出てきたイアンの名前に、パメラは落ち着きを無くして顔を真っ赤にした。
が、さすがにここまで聞いておいて言い逃れは出来ないと観念したのか、下を向いて大きく溜息をついた後、顔を上げてクリスを見つめた。

「ないわ。一度も」
「そう、なの?」
「あんたも知ってるでしょ。シャーロックとはタイプが違うのよ」
「タイプ?」
「なんていうのか、女慣れしてるっていうか」
「女慣れ…」
「あ!違うってば!ちょっと、落ち込まないでってば」

落ち込んでいくクリスを慰めながら、結局聞きたいことは何一つ聞けなかったと思ったパメラだった。





= Fin =



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