Page: 1/1
|
「クリス、さっきの…」
「えっ?」
やっと二人きりになれたというのにシャーロックには気になってしょうがないことがある。それをどうしてもクリスに問いただしたいのだが、それができない。誰に対しても強気に出れる男だが、ことクリスに関してだけはそれができないらしい。
クリスにもシャーロックが何を言いたいのか、何となく想像がついていた。でも、あれはなんでもないのだと、どう上手く言えば誤解のないようにシャーロックに説明できるのか、それが思いつかない。
片方は問いただそうとしては止め、もう片方は言いかけようとしては止めを繰り返している。
事の発端はボウネス城での舞踏会。シャーロックに憧れる令嬢と彼が踊っているのを見ていたクリスに、ジャレッドが「嫉妬は愛を深める必須アイテムですから」とクリスを抱き寄せ頬にキスしたのだ。シャーロックが見ているその前で。
ジャレッドに悪気はないのだと思う。多分。
クリスはそう思っているが、シャーロックはそうは思っていない。
悪気があったのかなかったのか、本当のところはジャレッド本人に聞かなければわからないが。
まあ、多分、クリスが思っているようなことはなく、シャーロックが思っているようにしっかり悪気はあるのだろう。そして、彼が言ったように、シャーロックは嫉妬したのだ。
あれはあいつがクリスの承諾もなしに勝手にやったことに決まってる。その証拠に、あの時クリスはとても驚いた顔をしていたじゃないか。それに、クリスは俺だけを愛しているはずだし。…でも、どうしてもっと嫌そうにしなかったんだろうか。クリスは。
何も聞けず、ただ自分の中で悶々としているからろくな考えが浮かんでこないのだ。でも、クリスを怯えさせないように、傷つけないように聞こうと思えば思うほど、言葉が出てこない。
惚れた弱みではあるが、彼はそれを認めようとはしない。はたからはばればれではあるが。
「クリス。俺のことが好きか?」
わかりきっていることをシャーロックは何度でも確かめずにはいられない。
「ええ。シャーリー。好き」
もう何度も言っているのに、それでもクリスは恥ずかしそうに、でも、しっかりと目を見て答える。
彼女の静かな緑の瞳に自分が確かに映っているのを見て、シャーロックはやっと安心する。
「シャーリーは?」
最近、クリスも何かを確認するようにシャーロックにわかりきっている答えを尋ねるようになった。それが、シャーロックには心地良い。
「俺も、好きだ」
そう言って顔を寄せていくと、クリスは静かに瞳を伏せシャーロックを待ち受ける。
唇を重ねあい、やっとシャーロックは安堵する。
いつもなら。
「クリス。好きだ」
クリスの後ろに回り、後ろから彼女を抱きしめる。腕を彼女をつなぎとめる鎖のように絡ませて。
「シャーリー?」
いつもと違う行動にクリスは戸惑いの声でシャーロックの愛称を呼んだ。
その次の瞬間、クリスの右頬にシャーロックの唇が触れた。
「ここ?」
「えっ?」
「あいつが触れた場所は」
「あ…」
シャーロックの行動の真意がやっとクリスにも理解できた。
「シャ、シャーリー。ジャレッドは別に」
「しっ。あいつの名前は出さないで」
シャーロックはクリスの体を自分の方へと強引に向かせ、今度は正面から再び彼女の唇に触れた。
シャーロックの口づけになれたクリスの唇は、彼の行為を素直に受け入れる。
クリスが自分だけのものだと、誰も彼女に触れるなと、大きな声で叫ぶことができるならどれだけ楽になるだろう。シャーロックはクリスの唇を覆いながら、激しい感情を持て余していた。
この後、シャーロックはクリスから事の真相を聞かされることになる。
実はクリスの頬に触れたのはシャーロックだけなのだと。
= Fin =