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男は目の前にそびえ立つ薄茶色のマンションを見上げていた。
彼女がそのマンションの入口に吸い込まれるように消えてから一分半。そろそろ六階の左端の窓枠が、遮光カーテンから僅かに漏れる光で縁取られるはずだ。
寒空の中、息を殺して見つめていると、目当ての窓が主人の帰宅を知らせるかのように淡く光った。それを確認した男の顔は至福の笑みを浮かべていた。
「着いたんだ」
男は誰に言うでもなく呟いた。
六階という場所にあるせいと、何もかもを遮ってしまうカーテンのせいで部屋の中の様子はうかがい知れない。
それだけではない。会社の中や、彼が仕事の都合でついていてあげることの出来ない通勤時、彼女の都合がわかりにくい休日など、男が彼女を見つめることができる時間は一日のうちのほんの僅かだった。
ましてや彼女が考えていることなど、ただ見ているだけのこの男にわかろうはずも無い。
「どうすればもっとわかるんだろう」
そう言って男は手に持っている小さな箱を見つめた。
この間インターネットで注文した小さな小さな盗聴器だ。うまくいけば、今後はこれのお陰で彼女のことが見守りやすくなるだろう。男はそう考えていた。
一つは彼女の職場に。もう一つは彼女の部屋に。
問題はそれをどうやって取り付けるかだ。
それについては男はもうとっくにその作業を終えていた。耳にはめ込んだ小さな受信機から、彼女の部屋に取り付けた送信機が送り出す彼女の生活音が聞えてくる。
でも、それでも、まだ、足りない。
知れば知るほど、もっと知りたいという欲求は募っていく。
男は受信機をはめ込んだ耳を冷たくなった手で包み込みながら、彼女の部屋の窓を見上げ続けた。